[{"data":1,"prerenderedAt":1730},["ShallowReactive",2],{"article-feature-ccc-tsutaya-bookstores":3,"article-related-feature-ccc-tsutaya-bookstores":747},{"id":4,"title":5,"author":6,"body":7,"category":684,"cover_image":685,"created_at":686,"description":687,"extension":688,"faq":689,"featured":702,"meta":707,"navigation":708,"path":709,"published":708,"related_lp":710,"seo":711,"series":712,"slug":713,"sources":714,"stem":733,"tags":734,"updated_at":686,"__hash__":746},"articles\u002Farticles\u002Ffeature-ccc-tsutaya-bookstores.md","蔦屋書店はなぜ「居たくなる」のか｜CCCという企画会社が本屋・暮らし・働き方に出し続ける提案","自習室比較ナビ編集部",{"type":8,"value":9,"toc":635},"minimark",[10,14,17,20,27,32,35,38,41,46,49,52,56,59,62,65,68,72,75,78,81,85,88,91,94,98,101,104,107,111,114,117,121,124,127,130,133,137,140,146,150,153,156,160,163,166,172,176,179,182,185,189,192,195,198,201,205,208,211,215,218,221,224,228,231,234,237,240,243,247,250,254,257,260,264,267,273,276,279,285,289,292,295,299,302,306,309,315,318,321,325,328,334,337,341,344,350,353,359,362,366,369,372,376,379,384,387,393,396,400,403,406,409,412,415,419,422,426,429,432,435,439,442,445,449,452,455,458,464,469,474,479,483,486,489,492,495,503,507,510,513,516,519,522,526,529,532,535,538,542,558,561,564,567,570,573,576,580,583,586,629],[11,12,13],"p",{},"東京・代官山の旧山手通り。ケヤキの並木の奥に、白い壁の建物が三棟、低くつらなっている。壁面をよく見ると、無数の小さな「T」が編み込まれ、それ自体が巨大なロゴになっている。中に入ると、新刊が山積みになった平台はほとんど見当たらない。そのかわり、料理書のとなりに鍋が置かれ、旅の本のそばに地図と双眼鏡がある。スターバックスのコーヒーを手にした人が、買う前の本を開いたまま、何時間でも座っている。",[11,15,16],{},"ここは本屋だ。けれど、ふつうの本屋ではない。代官山 蔦屋書店——この一軒の登場以降、「本屋とは何をする場所か」という問いそのものが、静かに書き換えられていった。",[11,18,19],{},"そして、その問いを出し続けている会社がある。TSUTAYAを生み、Tポイントを生み、いまは「本に囲まれて働く」場所まで提案するカルチュア・コンビニエンス・クラブ（CCC）だ。この特集では、公共図書館をめぐる賛否の議論からはいったん離れ、CCCという企画会社が、本屋・暮らし・働き方という三つの領域に、なぜこれほど次々と新しい提案を投げ込めるのかを掘り下げてみたい。会社の成り立ち、建築家やデザイナーとの協働、人を惹きつける仕掛け、そしてこれからの行方を、各地の蔦屋書店の写真とともにたどっていく。",[21,22],"photo",{"caption":23,"credit":24,"href":25,"src":26},"代官山 蔦屋書店。白い壁に無数の「T」を編み込んだファサードは、建物そのものがロゴになっている。","Wpcpey \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Daikanyama_T-Site_Building_3_2018.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fdaikanyama-facade-1.jpg",[28,29,31],"h2",{"id":30},"カルチュアをコンビニのようにcccという発明","「カルチュアを、コンビニのように」——CCCという発明",[11,33,34],{},"CCCを理解するには、まず一人の人物から始めるのがいい。創業者・増田宗昭である。",[11,36,37],{},"増田は1951年、大阪府枚方市に生まれた。同志社大学を出て、最初に飛び込んだのはアパレルの世界だった。学生時代はファッションデザイナーを志し、洋裁学校にも通ったという。だが、高田賢三や三宅一生といった「天才」が次々と頭角を現すのを目の当たりにして、自分が同じ土俵で勝てる人間ではないと悟った。つくる側ではなく、才能を見つけてプロデュースする側にまわる——のちにCCCを貫くことになるこの発想は、すでにこのとき芽生えていた。",[11,39,40],{},"1973年、増田はアパレル企業・鈴屋に入社する。軽井沢ベルコモンズの開発に関わり、店づくりや販売促進のディレクションを担った。商品そのものより、商品をどう見せ、どんな気分とともに届けるか。「売り場という体験」を設計する仕事に、増田はのめり込んでいく。",[42,43,45],"h3",{"id":44},"一号店は本屋ではなかった","一号店は、本屋ではなかった",[11,47,48],{},"1983年に独立した増田が、地元・枚方の駅前で始めた店。それがTSUTAYAの原点になる。",[11,50,51],{},"正確に言えば、その前年の1982年、増田は「喫茶兼、貸レコード店」という業態の店を手がけていた。本も、レコードも、レンタルも、コーヒーも、ひとつの場所に混ぜる。当時としては奇妙な複合店だった。そして1983年3月、枚方市駅前のビルに「蔦屋書店 枚方駅前店」が開業する。これがTSUTAYA一号店として記録されている。映画・音楽・本を一カ所に集め、「ライフスタイルを提案する場所」をつくる。増田の事業は、最初から「本だけを売る本屋」ではなかった。",[42,53,55],{"id":54},"蔦屋という名前の後付けの神話","「蔦屋」という名前の、後付けの神話",[11,57,58],{},"店名の「蔦屋」には、面白いエピソードがある。",[11,60,61],{},"直接の由来は、増田の祖父が営んでいた置屋（芸者を派遣する商売）の屋号「蔦屋」だった。加えて当時の書店は「○○屋書店」という屋号が多く、その流れにも乗った。それだけの、ごくありふれた命名だったという。",[11,63,64],{},"ところが一号店のオープン当日、誰かが『広辞苑』の「蔦屋」の項目を印字した祝いのファックスを送ってきた。そこには、江戸時代に活躍した版元・蔦屋重三郎の名があった。それを見た増田は「ああ、こういうことか」と膝を打ったという。本人いわく、蔦屋重三郎と血縁があるわけでも、事前に重三郎を知っていて店名にしたわけでもない。それでも増田は「祖父は重三郎を知っていて『蔦屋』と名づけたのだ」と勝手に解釈し、以来「これは蔦屋重三郎の蔦屋なんだ」と語りはじめた。",[11,66,67],{},"のちに、蔦屋重三郎が喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出した「江戸最大のプロデューサー」だったと知る。増田は、現代のプロデューサーになるという物語を、この後付けの偶然から育てていった。創業者が自分のブランド神話を「後付けだ」と認めているのに、その神話がいまも生きている——この捻れた魅力こそ、増田宗昭という経営者の本質をよく表している。なお蔦屋重三郎は、2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公にもなり、いっそう広く知られる存在になった。",[42,69,71],{"id":70},"社名に込めた文化をコンビニのように","社名に込めた「文化をコンビニのように」",[11,73,74],{},"1985年9月、増田はTSUTAYAのフランチャイズ本部として、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社を設立する。",[11,76,77],{},"ここで重要なのは、店名「蔦屋」と社名「CCC」は、由来がまったく別だということだ。店名は祖父の屋号に由来する。一方の社名は、Culture（文化）・Convenience（利便）・Club（会員制）という三つの言葉の頭文字を組み合わせたものだ。「文化を、コンビニのように身近に・便利に届ける会員制の会社」。映画も音楽も本も、それまでは専門店をいくつも回らないと手に入らなかった。それを一カ所に、コンビニのような手軽さで提供する。社名そのものが、すでにひとつの事業構想になっていた。",[11,79,80],{},"日販との提携を足がかりに、TSUTAYAはフランチャイズで全国へ広がっていく。1999年には渋谷の旗艦店「SHIBUYA TSUTAYA」が開業。レンタルビデオ・DVD・CDの全国チェーンとして、TSUTAYAは平成のまちの風景の一部になった。ピーク時には国内外で1,400店を超えたとも言われる。日本中の駅前に、あの黄色と青の看板があった時代だ。",[28,82,84],{"id":83},"我が社はレンタル業ではない企画会社だ","「我が社はレンタル業ではない、企画会社だ」",[11,86,87],{},"ここで、CCCを語るうえで欠かせない、増田の一貫した言葉を引いておきたい。",[11,89,90],{},"「我が社はレンタル業の会社ではなく、企画会社」。増田はそう言い切る。TSUTAYAは、DVDを貸す場所ではない。それは「自分の生き方を探す場所」なのだと。",[11,92,93],{},"外から見れば、CCCはレンタルチェーンであり、ポイントカードの会社に見える。だが本人の認識はまったく違う。CCCがやっているのは一貫して「ライフスタイルの提案」であり、レンタルもポイントも、そのための手段のひとつにすぎない——この自己定義のズレを理解しないと、なぜCCCが本屋を美術館のようにつくり、やがてラウンジまで運営しはじめるのかが見えてこない。",[42,95,97],{"id":96},"tポイントというもうひとつの発明","Tポイントという「もうひとつの発明」",[11,99,100],{},"CCCの企画会社としての一面が、最も大きなスケールで現れたのがTポイントだ。",[11,102,103],{},"2003年、CCCは共通ポイントサービス「Tポイント」を始める。一つの店で貯めたポイントを、業種をまたいで別の店で使える。いまでは当たり前の「共通ポイント」だが、その先駆けがTポイントだった。提携先はコンビニ、ガソリンスタンド、飲食、ネット通販へと広がり、T会員は2014年に5,000万人、2019年には7,000万人を突破する。提携企業は数千社規模に達した。",[11,105,106],{},"増田にとってTポイントは、単なる販促ツールではなかった。「誰が、いつ、何を買い、何を借りたか」というデータの集積——つまり、人々のライフスタイルそのものを映す巨大なデータベースだった。レンタル店のレジで貯まる小さなポイントは、いつのまにか日本最大級の購買データ網になっていた。「文化をコンビニのように」届ける会社は、同時に「人々の好みを束ねるプラットフォーム」の会社でもあったのだ。",[42,108,110],{"id":109},"_700億円で自分の会社を買い戻す","700億円で、自分の会社を買い戻す",[11,112,113],{},"2000年に株式を上場したCCCは、2011年、思い切った手に出る。増田が代表を務める会社を通じて株式を買い集め、約700億円を投じて上場を廃止した。いわゆるMBO（経営陣による自社買収）である。",[11,115,116],{},"背景には、DVD・CDレンタルの値下げ競争と、TSUTAYA既存店売上の連続前年割れがあった。短期的な株主の目を気にしていては、思い切った業態転換も大型投資もできない。上場をやめてでも、中長期で会社をつくり変える自由がほしい——増田はそう判断した。ちょうどこの2011年に、代官山 蔦屋書店が開業している。古い柱を手放す決断と、新しい柱を立てる挑戦が、同じ年に重なっていた。",[28,118,120],{"id":119},"配信の津波レンタルという土台が消えた","配信の津波——レンタルという土台が消えた",[11,122,123],{},"CCCの転換を語るうえで、避けて通れない数字がある。",[11,125,126],{},"DVD・CDレンタル市場は、2007年に約3,604億円の規模があった。それが2022年には約572億円にまで縮んだ。15年で8割以上が消えた計算になる。2015年のNetflix日本上陸が決定打だった。わざわざ店まで行き、棚から探し、借りて、返す。その一連の行為が、スマートフォンの中のボタンひとつに置き換わった。「店に行く理由」そのものが蒸発したのだ。",[11,128,129],{},"結果として、TSUTAYAの店舗数は減り続けている。集計の基準や時点によって数字には幅があるが、ピーク時の1,400店超から、近年は600〜700店台へと大きく減った。レンタルを実施する店舗となると、さらに少ない。",[11,131,132],{},"ここでCCCがとった道は、レンタルにしがみつくことでも、ただ縮小することでもなかった。「借りる場所」を、「過ごす場所」「発想する場所」へとつくり変えること。その最初の、そして最も鮮烈な答えが、代官山にあった。",[28,134,136],{"id":135},"代官山-蔦屋書店本屋の再発明2011年","代官山 蔦屋書店——本屋の再発明（2011年）",[11,138,139],{},"2011年12月、代官山に蔦屋書店が開業した。それは、日本の本屋の歴史におけるひとつの分岐点になった。",[21,141],{"caption":142,"credit":143,"href":144,"src":145},"旧山手通りの並木の奥に、白い三棟が低く連なる。一つの巨大な建物に見えないよう、ボリュームは分節されている。","Dick Thomas Johnson \u002F CC BY 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Daikanyama_T-Site_(52501035177).jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fdaikanyama-tsite-2.jpg",[42,147,149],{"id":148},"コンセプトは森の中の図書館","コンセプトは「森の中の図書館」",[11,151,152],{},"代官山 蔦屋書店が掲げたコンセプトは「森の中の図書館」だった。緑に囲まれ、季節を感じ、コーヒーの香りのなかで、大人が本を通じて豊かな暮らしのヒントを見つける。",[11,154,155],{},"そのターゲットを、CCCは「プレミアエイジ」と呼んだ。団塊世代を中心とする、時間と教養と購買力をあわせ持つ成熟した大人たち。若者向けの量販店でも、効率優先の駅前書店でもない。「人生の後半をどう豊かに過ごすか」を考える世代に向けて、本屋を一からつくり直す。これが代官山の出発点だった。",[42,157,159],{"id":158},"八十社のコンペと白いtのファサード","八十社のコンペと、白い「T」のファサード",[11,161,162],{},"この野心的なプロジェクトの建築設計を担ったのが、東京を拠点とする設計事務所、クライン ダイサム アーキテクツ（Klein Dytham architecture、通称KDa）だ。アストリッド・クラインとマーク・ダイサムが率いるこの事務所の案は、八十社が参加したとされる提案コンペを勝ち抜いて選ばれた。施工面では国内の設計事務所RIAが共同で関わっている。",[11,164,165],{},"KDaが出した答えは、いま見ても鮮やかだ。建物の壁を、無数の小さな「T」を編んだ白いスクリーンで覆う。看板を掲げるのではなく、建物そのものを店のロゴ＝サイネージにしてしまう。遠くから見れば白い大きな「T」が浮かび、近づけば細かな格子の表情が現れる。三棟は旧山手通りから段状にセットバックし、もともとあった大木や街路樹のあいだに滑り込ませるように配置された。一つの巨大な箱にせず、街の緑の連続を断ち切らない。「森の中の図書館」という言葉が、建築の輪郭そのものに翻訳されている。",[21,167],{"caption":168,"credit":169,"href":170,"src":171},"近づくと、白い壁は無数の「T」の格子でできているのがわかる。建物が看板を兼ねる発想。","Syced \u002F CC0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Tsutaya_Books_Daikanyama.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fdaikanyama-facade-3.jpg",[42,173,175],{"id":174},"原研哉のサイン池貝知子のディレクション","原研哉のサイン、池貝知子のディレクション",[11,177,178],{},"代官山が一軒の傑作になったのは、建築家だけの力ではない。複数の一流のクリエイターが、それぞれの領域を受け持った。",[11,180,181],{},"施設全体のクリエイティブ・ディレクションを担ったのは池貝知子。空間デザインからイベント、サービスのあり方までを束ね、「蔦屋書店という体験」全体を設計した。そしてサインやロゴをはじめとするグラフィックのアートディレクションを手がけたのが、原研哉だ。無印良品のアートディレクションでも知られ、「白」を突き詰めるデザイナーとして名高い原の感性は、白を基調とした代官山の佇まいと深く響き合っている。",[11,183,184],{},"つまり代官山 蔦屋書店は、建築（KDa）・空間統括（池貝知子）・グラフィック（原研哉）という、それぞれの分野の第一人者が一つの場所で交わった結晶だった。後述するように、これは偶然ではない。CCCが「デザインに賭ける会社」であることの、最初の宣言だった。",[42,186,188],{"id":187},"マガジンストリート六つのジャンル三十六人のコンシェルジュ","マガジンストリート、六つのジャンル、三十六人のコンシェルジュ",[11,190,191],{},"中身もまた、それまでの本屋の常識から外れていた。",[11,193,194],{},"三棟を貫いて全長五十五メートルにおよぶ「マガジンストリート」が走り、国内外の雑誌が三万冊規模で並ぶ。フロアは効率順ではなく、人文・文学／アート・デザイン／建築／車／料理／旅行という六つのジャンルで編集されている。料理書の近くには調理道具が、旅の本の近くには関連するモノが置かれ、本が「暮らしの文脈」のなかに置き直されている。",[11,196,197],{},"決定的だったのは「人」だ。各ジャンルに精通したコンシェルジュが、開業時で三十六人も配置された。料理に詳しい人、旅に詳しい人、車に詳しい人。彼らは単なる店員ではなく、その分野の専門家として、客の関心を聞き、本を選び、提案する。本を探すのではなく、人と話しながら出会う。検索エンジンが本を瞬時に見つけてくれる時代に、CCCはあえて「人による提案」という、最も手間のかかる仕組みを書店の中心に据えた。",[11,199,200],{},"書籍の総在庫はおよそ十四万冊。三号館の一階にはスターバックスが入り、買う前の本を読みながらコーヒーを飲める。そして二号館の二階には、ライブラリーラウンジ「Anjin（アンジン）」がある。",[42,202,204],{"id":203},"ラウンジanjin水先案内という名前","ラウンジ「Anjin」——水先案内という名前",[11,206,207],{},"「Anjin」という名前には意味がある。江戸時代初期、徳川家康の外交顧問を務めた英国人航海士ウィリアム・アダムスは、日本で三浦按針（みうら・あんじん）と名乗った。「按針」とは羅針盤、つまりコンパスを意味する。文化の海を渡るための水先案内——それがこのラウンジの名に込められた思いだ。",[11,209,210],{},"壁面には、創刊号や数十年前のバックナンバーを含む膨大なヴィンテージ雑誌が並ぶ。古い雑誌を紙のまま手に取り、コーヒーやアルコールとともに過ごせる。多くは購入もできる。本を「情報」としてではなく「時間」として味わう空間。代官山が後のSHARE LOUNGEへとつながる、最初の予兆がここにある。",[42,212,214],{"id":213},"旧来の本屋と何が違ったのか","旧来の本屋と、何が違ったのか",[11,216,217],{},"従来の本屋は、限られた床面積でいかに多くの本を売るかを競ってきた。新刊を平積みにし、回転率の悪い本は返品し、売れ筋を入口に置く。売り場効率の最大化が正義だった。",[11,219,220],{},"代官山が逆転させたのは、この前提そのものだ。本を売る効率ではなく、客が過ごす時間の質を最大化する。長居されることを嫌うのではなく、長居したくなることを目的にする。「モノを売る場」から「コトを体験する場」へ、「買い物に行く場」から「過ごしに行く場」へ。増田の言う「ライフスタイルの提案」は、ここで初めて、誰の目にも見える建築と空間になった。",[11,222,223],{},"代官山 蔦屋書店は国内外で高く評価され、米メディアが選ぶ「世界の美しい書店」に日本から選ばれるなど、デザイン賞も相次いで受賞した。一軒の本屋が、世界の建築・デザインの文脈で語られる。それ自体が、この店の達成を物語っている。",[28,225,227],{"id":226},"なぜcccはデザインに賭けるのか","なぜCCCは、デザインに賭けるのか",[11,229,230],{},"代官山の成功は、偶然ではない。その背後には、増田宗昭のはっきりした思想がある。",[11,232,233],{},"2014年、増田は『知的資本論——すべての企業がデザイナー集団になる未来』という本を出した。タイトルがそのまま主張になっている。これからの時代、企業の価値を決めるのは設備でも資金でもなく、「知的資本」——つまり提案する力、編集する力、デザインする力だ。だからすべての企業は、デザイナーの集団にならなければ生き残れない。",[11,235,236],{},"増田は社員に向けてこう書く。営業部にいようが経理部にいようが、そんなことは関係ない。企画マンになれ、デザイナーになれ、そして自由を生き抜く覚悟を持て、と。これは比喩ではなく、経営の根本方針だ。代官山で一流のクリエイターを集めたのも、その後の各店で名のある建築家と組み続けるのも、この思想の実践にほかならない。",[11,238,239],{},"そしてもうひとつ、増田には「第三のステージ」という時代認識がある。モノが足りない時代は、つくれば売れた（第一のステージ）。モノがあふれる時代は、品揃えと売り場が価値を持った（第二のステージ）。だがすべてが手に入る時代になると、人はむしろ「選べない」ことに困る。だからこれからは、選ぶのを手伝う——つまり「提案する」ことが価値になる（第三のステージ）。コンシェルジュも、ジャンル横断の編集も、すべてはこの「提案の時代」への賭けなのだ。",[11,241,242],{},"興味深いのは、増田が「もともと書店の専門ではないからこそ、既存の書店が考えない新しい書店を構想できた」と語っていることだ。素人であることを弱みではなく強みに読み替える。イノベーションは「外の視点」から起こる——この信念が、本屋を、家電店を、図書館を、そしてラウンジを、次々と再発明させていく原動力になっている。",[28,244,246],{"id":245},"t-site同じ思想を土地ごとに翻訳する","T-SITE——同じ思想を、土地ごとに翻訳する",[11,248,249],{},"代官山で確立した「過ごす本屋」の思想は、やがて各地の「T-SITE」へと展開していく。面白いのは、同じ思想でありながら、土地ごとにコンセプトを変えて翻訳していることだ。",[42,251,253],{"id":252},"湘南-t-site2014年藤沢ロードサイドの未来形","湘南 T-SITE（2014年・藤沢）——ロードサイドの未来形",[11,255,256],{},"2014年、神奈川県藤沢市に湘南 T-SITEが開業した。工場跡地の広い敷地に、蔦屋書店を核として三十ほどの生活提案の店が集まり、すべての店に本があるシームレスな空間になっている。総合デザインディレクションは代官山と同じKDa、設計は日本設計が担った。",[11,258,259],{},"代官山が都市の「森の中の図書館」だったのに対し、湘南は郊外・ロードサイド型だ。海とともに暮らす湘南のスローライフに寄り添い、「ロードサイド開発の未来形」を提示した。車で来て、一日のんびり過ごす。郊外の大型商業施設に、過ごす価値をどう埋め込むか——その実験場でもあった。",[42,261,263],{"id":262},"枚方-t-site2016年発祥の地への凱旋","枚方 T-SITE（2016年）——発祥の地への凱旋",[11,265,266],{},"そして2016年、CCCは大阪府枚方市に枚方 T-SITEを開く。これは特別な一軒だ。なぜなら枚方こそ、1983年にTSUTAYA一号店が産声をあげた、蔦屋発祥の地だからである。",[21,268],{"caption":269,"credit":270,"href":271,"src":272},"枚方T-SITEの外観。TSUTAYA一号店が生まれた発祥の地に、地上8階の大型店として凱旋した。","Tokumeigakarinoaoshima \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Hirakata_T-SITE.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fhirakata-tsite-1.jpg",[11,274,275],{},"枚方 T-SITEは地上八階・地下一階という大型施設で、蔦屋書店を核に、ファッション・雑貨・飲食など四十を超える専門店が入る。コンセプトは「街のリビング」。本棚がつくる通りに、多様な商品とサービスが織り込まれている。",[11,277,278],{},"一号店が映画・音楽・本でライフスタイルを提案してから三十三年。その同じ場所に、最大級のライフスタイル提案施設として帰ってきた。小さな貸レコード店から始まった物語が、八階建ての「街のリビング」になって故郷に戻る——増田にとって、これは事業の達成を象徴する凱旋だったはずだ。",[21,280],{"caption":281,"credit":282,"href":283,"src":284},"枚方T-SITEの吹き抜け。本棚に囲まれた空間が、各フロアを縦につなぐ。","Fotointheworld \u002F CC BY 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Hirakata_T-SITE_Atrium_2025.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fhirakata-atrium-1.jpg",[42,286,288],{"id":287},"柏の葉-t-site2017年子育て世代の暮らし","柏の葉 T-SITE（2017年）——子育て世代の暮らし",[11,290,291],{},"2017年には千葉県の柏の葉キャンパスに、柏の葉 T-SITEが開業する。設計は日本設計とKDaの共同。ここでのコンセプトは「子どものいる暮らし」だ。家型を連ねたような分節された建築が、隣接する親水空間「アクアテラス」の水辺の風景と連続する。",[11,293,294],{},"プレミアエイジの代官山、スローライフの湘南、発祥の地・枚方、子育て世代の柏の葉。同じ「過ごす本屋」でありながら、その土地に暮らす人の生き方に合わせて、提案の中身を変える。T-SITEのシリーズは、CCCの「土地ごとの翻訳」という方法論をはっきり示している。",[28,296,298],{"id":297},"都市と地方へ形を変える過ごす場","都市と地方へ——形を変える「過ごす場」",[11,300,301],{},"T-SITEと並行して、CCCは都市の大型商業施設や地方都市にも、形を変えながら「蔦屋書店」を展開していった。",[42,303,305],{"id":304},"函館-蔦屋書店2013年地方の生活提案基地","函館 蔦屋書店（2013年）——地方の「生活提案基地」",[11,307,308],{},"代官山の翌々年、2013年に開業した函館 蔦屋書店は、代官山のコンセプトを地方で展開する全国第一号と位置づけられている。設計は梓設計。",[21,310],{"caption":311,"credit":312,"href":313,"src":314},"函館 蔦屋書店の外観。地方都市における「人が集まる場所」のモデルケースになった。","MIKI Yoshihito \u002F CC BY 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Hakodate_Tsutaya_Books,_Hakodate;_August_2018_(01).jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fhakodate-1.jpg",[11,316,317],{},"函館 蔦屋書店は、書店を核に化粧品店、スターバックス、輸入食品店、アウトドア用品店、コンビニなどを併せ持つ複合施設だ。注目すべきは、その地域密着の徹底ぶりにある。「物を売る場ではなく、人が集まる場」を掲げ、自然に人が滞在できるスペースやキッズパーク、音響と大画面を備えたステージを設けた。さらに地元のタウン誌を創刊し、無料で配布。このフリーペーパーは日本のタウン誌・フリーペーパーの賞で大賞を受賞している。",[11,319,320],{},"人口が減り、若者が出ていく地方都市で、まちの人が集まる「もうひとつの居場所」をどうつくるか。函館は、その問いへのCCCなりの答えだった。",[42,322,324],{"id":323},"梅田-蔦屋書店2015年都心の知の広場","梅田 蔦屋書店（2015年）——都心の知の広場",[11,326,327],{},"2015年、大阪のグランフロント大阪に梅田 蔦屋書店が開業する。関西最大級のターミナル・梅田の、新しい都市開発の中核に組み込まれた書店だ。",[21,329],{"caption":330,"credit":331,"href":332,"src":333},"梅田 蔦屋書店が入るグランフロント大阪。関西最大級のターミナル開発の一角に「過ごす本屋」が据えられた。","Mc681 \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Grand_Front_Osaka_in_201409.JPG","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fgrandfront-osaka-1.jpg",[11,335,336],{},"通勤・通学で日々何十万人もが行き交う大ターミナルに、座って過ごせる本屋を置く。乗り換えのついでに、待ち合わせのついでに、ふらりと立ち寄って時間を過ごす。都市の動線のなかに「知の広場」を差し込む試みであり、後のSHARE LOUNGEが都市部のオフィスワーカーに刺さる素地は、この頃から準備されていた。",[42,338,340],{"id":339},"銀座-蔦屋書店2017年アートのある暮らし","銀座 蔦屋書店（2017年）——アートのある暮らし",[11,342,343],{},"2017年、銀座の大型複合施設GINZA SIXの六階に、銀座 蔦屋書店が開業する。これは数ある蔦屋書店のなかでも、とりわけ尖った一軒だ。",[21,345],{"caption":346,"credit":347,"href":348,"src":349},"銀座 蔦屋書店が入るGINZA SIXの中央アトリウム。吹き抜けが館全体を貫く。","Wpcpey \u002F CC BY 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:GINZA_SIX_Atrium_201912.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fginza-six-atrium-1.jpg",[11,351,352],{},"フロア面積はおよそ七百坪。掲げるコンセプトは「アートのある暮らし」、そして「アートの民主化」だ。美術書や写真集を中心に約六万冊を揃え、ギャラリーを併設し、日本刀まで売る。空間の象徴となっているのは、日本建築の「櫓（やぐら）」をイメージした、高さ六メートルの書架に囲まれた吹き抜けだ。本の壁にぐるりと囲まれた空間は、もはや書店というより、本でできた一個の建築のようだ。",[21,354],{"caption":355,"credit":356,"href":357,"src":358},"銀座 蔦屋書店の店内。高い書架と落ち着いた照明が、美術館のような佇まいをつくる。","Richard, enjoy my life! \u002F CC BY-SA 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:%E9%8A%80%E5%BA%A7_%E8%94%A6%E5%B1%8B%E6%9B%B8%E5%BA%97_(24705655427).jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Fginza-tsutaya-interior-1.jpg",[11,360,361],{},"スターバックスのリザーブバーを併設し、世界のアートオークションのカタログをアーカイブする。アートは一部の富裕層のものという通念を、銀座という最も敷居の高い街で、あえて「暮らしのなかのアート」として開いてみせる。CCCの「提案」が、最も先鋭的に表れた一軒だ。",[42,363,365],{"id":364},"中目黒-蔦屋書店2017年高架下のクリエイティブエンジン","中目黒 蔦屋書店（2017年）——高架下のクリエイティブエンジン",[11,367,368],{},"同じ2017年、中目黒駅の高架下に中目黒 蔦屋書店が開業する。これは東急の「中目黒高架下」という再開発プロジェクトの核として生まれた。電車の高架という、それまで活用されにくかった都市の隙間を、本屋を中心とした文化の場に変える試みだ。",[11,370,371],{},"高架下の開発は「ひとつ屋根の下で」という発想のもと、高架橋を一枚の大きな屋根に見立て、連続する軒先のもとで人々の交わりが自然に生まれるよう設計された。蔦屋書店自身は「中目黒のクリエイティブエンジン」を名乗り、店内を「会う・話す・働く・共有する」という機能で編集した。本屋が、創作と交流のエンジンになる。クリエイターの街・中目黒にふさわしい解釈だった。",[42,373,375],{"id":374},"蔦屋家電2015年ライフスタイルを買う家電店","蔦屋家電（2015年）——「ライフスタイルを買う」家電店",[11,377,378],{},"そして、CCCの「提案」という思想が、本以外の領域に飛び火した好例が、二子玉川の蔦屋家電だ。2015年、二子玉川ライズに開業した。",[21,380],{"caption":381,"credit":24,"href":382,"src":383},"二子玉川 蔦屋家電の外観。「ライフスタイルを買う家電販売店」という逆説を掲げた。","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Futako_Tamagawa_TSUTAYA_ELECTRICS_2018.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Ftsutaya-electrics-1.jpg",[11,385,386],{},"蔦屋家電が掲げたのは「ライフスタイルを買う家電販売店」という逆説だった。家電量販店は、スペックと価格を比べて買う場所だ。だが蔦屋家電は、家電を「本」や「インテリア」「観葉植物」とともに並べる。コーヒーメーカーの近くにコーヒーの本があり、暮らしの提案のなかに製品が置かれる。各エリアには専門のコンシェルジュが常駐し、製品の機能ではなく「その製品のある暮らし」を語る。",[21,388],{"caption":389,"credit":390,"href":391,"src":392},"蔦屋家電（二子玉川ライズ）。家電・本・インテリア・植物が混ざり合い「小さな町を歩く感覚」を演出する。","掬茶 \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Futako-Tamagawa_Rise,_Tsutaya_Electrics.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fccc-bookstores\u002Ftsutaya-electrics-2.jpg",[11,394,395],{},"さまざまなサイズの路地と広場を配し、ゾーニングと照明で「小さな町を歩く感覚」を演出する。家電すら「暮らしの提案」の文脈に置き直す——蔦屋書店で磨いた編集の方法論が、本というジャンルを軽々と越えて応用できることを、蔦屋家電は証明した。",[28,397,399],{"id":398},"何が人を惹きつけるのか居たくなるの正体","何が人を惹きつけるのか——「居たくなる」の正体",[11,401,402],{},"ここまで各地の蔦屋書店を見てきた。では結局のところ、人々は蔦屋書店の何に惹きつけられているのか。「居たくなる」という感覚の正体を、少し分解してみたい。",[11,404,405],{},"ひとつは、長居が許されているという安心感だ。買わなければ申し訳ない、という圧がない。スターバックスのコーヒーを片手に、買う前の本を開いて、何時間でも座っていられる。多くの店にスターバックスが併設されているのは偶然ではない。コーヒーは「滞在の口実」であり、長居を正当化する装置なのだ。",[11,407,408],{},"ふたつめは、空間そのものの心地よさだ。明るすぎない照明、ゆったりした椅子、本の壁がつくる落ち着き、控えめなBGM。什器も照明も、効率ではなく居心地のために選ばれている。蔦屋家電の「小さな町を歩く感覚」のように、歩き回ること自体が楽しい設計になっている。",[11,410,411],{},"みっつめは、発見の喜び——セレンディピティだ。目当ての本を最短で買うなら、ネット書店のほうが速い。だが蔦屋書店では、料理の棚で旅の本に出会い、旅の棚で思いがけない写真集に出会う。ジャンルを横断して編集された棚と、専門知識を持ったコンシェルジュは、「探していなかったものに出会う」確率を意図的に高めている。アルゴリズムが「あなたが好きそうなもの」を差し出す時代に、蔦屋書店は「あなたがまだ知らないもの」を差し出そうとする。",[11,413,414],{},"そして四つめが、第三の場所（サードプレイス）としての役割だ。家でも職場でもない、自分のための居場所。図書館ほど静粛ではなく、カフェほど落ち着かなくもない、その中間にある場所。人は本を買いに来ているようでいて、実は「自分のための時間と場所」を買いに来ている。増田の言う「自分らしさを探す場所」とは、まさにこのことだ。",[28,416,418],{"id":417},"そして働き方へshare-lounge2019年","そして、働き方へ——SHARE LOUNGE（2019年〜）",[11,420,421],{},"「過ごす場所」を突き詰めてきたCCCが、いま最も力を入れているのが、SHARE LOUNGE（シェアラウンジ）だ。これは「本に囲まれて働き、くつろぐ」という、新しい時間の過ごし方の提案である。",[42,423,425],{"id":424},"時間を売るというビジネス","「時間を売る」というビジネス",[11,427,428],{},"SHARE LOUNGEの一号店は、2019年11月、渋谷スクランブルスクエアに開業した。コンセプトは「発想が生まれ、シェアする場所」。",[11,430,431],{},"仕組みはシンプルだ。料金は時間制で、おおむね一時間あたり千円から千六百円台（店舗により異なる）。その代わり、コーヒーや紅茶、スープ、フルーツといったフリードリンクと、ナッツやチョコレートなど二十種ほどのフリースナックが付く。店舗によってはビールなどのアルコールも置く。高速Wi-Fiと電源、モニターの貸し出しも揃い、飲食物の持ち込みも自由だ。テーブル、ソファ、カウンターと多様な席が用意され、一人あたりの机の幅もゆったりとってある。",[11,433,434],{},"レンタルが「モノを貸して、お金をもらう」ビジネスだったとすれば、SHARE LOUNGEは「時間と場所を貸して、お金をもらう」ビジネスだ。CDやDVDという媒体が配信に消えても、「心地よく過ごせる時間」への需要は消えない。むしろリモートワークが広がり、家でも職場でもない場所で働きたいという人が増えた。CCCは、レンタルで失った土台を、まったく別の「時間を売る」モデルで埋め直そうとしている。",[42,436,438],{"id":437},"旗艦店そして三年で百店","旗艦店、そして「三年で百店」",[11,440,441],{},"2022年12月には、東京駅前の丸ビルに旗艦店が開業した。約二百二十席という、TSUTAYAとして国内最大級の規模だ。CCCはSHARE LOUNGEを「今後三年で百店舗」に広げる目標を掲げ、商業施設だけでなく、オフィスビル、ホテル、さらにはマンションの一階へと展開先を広げている。住む場所のすぐ下に、本に囲まれた仕事場がある——そんな暮らしの提案だ。",[11,443,444],{},"蔦屋書店の店内に併設される形から始まったSHARE LOUNGEは、いまや単独の業態として全国に広がりつつある。レンタルを縮小した店舗を、SHARE LOUNGEに改装する動きも進む。実際、当初はレンタルと書店とラウンジを併設して「何の店か分かりづらい」と言われた店が、全面的にラウンジ化したところ業績が好転した、という例も報告されている。",[42,446,448],{"id":447},"weworkとの違い過ごすに価値を置く","WeWorkとの違い——「過ごす」に価値を置く",[11,450,451],{},"SHARE LOUNGEは、しばしばコワーキングスペースと比較される。だが、WeWorkに代表される会員制シェアオフィスとは、思想がはっきり違う。",[11,453,454],{},"会員制オフィスは、月額契約で「働く場所」を確保するサービスだ。一方SHARE LOUNGEは、契約のいらない時間制で、ふらりと立ち寄れる。そして何より、本に囲まれている。仕事に行き詰まったら棚から本を一冊抜いてヒントを探し、コーヒーを淹れ直し、また机に戻る。効率的に働くための箱ではなく、「発想が生まれる時間」を過ごすための空間。CCCはレンタルも空間ビジネスも「生活提案」という一点で同じだと言う。SHARE LOUNGEは、その思想を「働き方」の領域に持ち込んだ、最新の翻訳なのだ。",[11,456,457],{},"このSHARE LOUNGEは、もはや全国に広がっている。自習や作業の場所として、当サイトでも各地の店舗を施設として収録している。",[459,460],"facility-link",{"meta":461,"name":462,"slug":463},"★4.2（72件）・京都河原町駅 徒歩1分・8:30〜21:00","京都 蔦屋書店 SHARE LOUNGE","cafe-unknown-share-lounge",[459,465],{"meta":466,"name":467,"slug":468},"★3.9（91件）・京急川崎駅 徒歩3分・9:00〜21:00","SHARE LOUNGE TSUTAYA BOOKSTORE 川崎駅前店","cafe-unknown-share-lounge-tsutaya-boo",[459,470],{"meta":471,"name":472,"slug":473},"★4.3（64件）・新潟駅エリア・時間制カフェラウンジ&コワーキング","SHARE LOUNGE 新潟万代","cafe-chuo-share-lounge",[459,475],{"meta":476,"name":477,"slug":478},"★4.2（37件）・高松駅 徒歩1分・駅直結のラウンジ","SHARE LOUNGE TAKAMATSU ORNE","cafe-unknown-share-lounge-takamatsu-o",[28,480,482],{"id":481},"影もまた提案の一部tsutaya図書館という問い","影もまた、提案の一部——TSUTAYA図書館という問い",[11,484,485],{},"CCCの提案は、いつも称賛だけを集めてきたわけではない。むしろ、最も激しい議論を呼んだのが、公共図書館への進出だった。",[11,487,488],{},"2013年、CCCは佐賀県の武雄市図書館の運営を引き受け、年中無休・夜九時まで開館し、館内に蔦屋書店とスターバックスを併設するという、それまでの公共図書館の常識を覆す運営を始めた。来館者は激増し、図書館が観光資源にすらなった。だが同時に、開館時の選書に古い実用書や地域に無関係なガイドが混ざっていた問題、独自分類による検索のしにくさ、営利企業が公共の蔵書を扱うことへの懸念などが噴出し、「ツタヤ図書館問題」という言葉まで生まれた。",[11,490,491],{},"ここで詳しくは立ち入らない。重要なのは、これもまたCCCの「提案」のひとつの形だったということだ。本屋で成功した「居たくなる空間」の思想を、公共図書館という、まったく性格の異なる領域に持ち込んだ。その結果、「滞在の心地よさ」と「資料としての確かさ」という二つの価値がぶつかり、社会全体を巻き込む議論になった。賛否はともかく、半世紀ほとんど変わらなかった日本の公共図書館像に、これだけの議論を起こしたこと自体が、CCCという会社の影響力の大きさを物語っている。",[11,493,494],{},"この公共図書館をめぐる十年と賛否の論点については、別の特集で詳しく扱っている。",[496,497],"library-feature",{"architect":498,"location":499,"name":500,"slug":501,"year":502},"CCC／蔦屋書店（改修）","佐賀県武雄市","武雄市図書館","library-unknown-486","2013年",[28,504,506],{"id":505},"tを手放す日データからリアルへの回帰","「T」を手放す日——データからリアルへの回帰",[11,508,509],{},"CCCの近年の動きを象徴する、もうひとつの出来事がある。Tポイントの終わりだ。",[11,511,512],{},"2003年に共通ポイントの先駆けとして生まれ、七千万人を束ねたTポイント。それが2024年4月、三井住友フィナンシャルグループ系のVポイントと統合され、「Vポイント」へと一本化された。「Tポイント」という名称は消えた。ポイント事業を運営する会社の主導権も、CCCから金融側へと移っていった。",[11,514,515],{},"これは、CCCの自己定義を考えると、きわめて象徴的な転換だ。CCCはずっと、「文化（蔦屋書店）」と「データ（Tポイント）」という二つの車輪で走ってきた。リアルな空間で人々のライフスタイルを提案しながら、その購買データを束ねてプラットフォームを築く。その片方の車輪、データ事業を手放したのだ。",[11,517,518],{},"裏を返せば、CCCはいま、もう一方の車輪——リアルな空間と提案の力に、改めて賭けようとしている。配信にレンタルを奪われ、金融にデータを譲り、それでもなお残る自分たちの強みは何か。それは、人が実際に足を運び、時間を過ごしたくなる場所をつくる力だ。蔦屋書店であり、SHARE LOUNGEであり、増田が代官山で証明してみせた「居たくなる空間」を編集する力。CCCは原点に回帰しつつある。",[11,520,521],{},"なお増田は2023年、二十四年ぶりに社長の座を後進に譲り、会長として会社を見守る立場に移った。一号店から四十年。創業者が前線を退いた後も、CCCが「提案する会社」であり続けられるかどうかが、これからの最大の問いになる。",[28,523,525],{"id":524},"これからの蔦屋書店物理空間の意味を問い続ける","これからの蔦屋書店——物理空間の意味を、問い続ける",[11,527,528],{},"すべてがスクリーンの中で完結する時代に、なぜわざわざ建物をつくり、人を雇い、場所を維持するのか。蔦屋書店の歴史は、この問いへの答えを、二十年以上にわたって更新し続けてきた記録でもある。",[11,530,531],{},"本は、ネットでも買える。映画は、配信で観られる。情報は、検索すれば出てくる。それでも人は、白い「T」の壁の前に立ち、本の壁に囲まれた吹き抜けを見上げ、ナッツをつまみながらラウンジで仕事をする。そこにあるのは、効率では測れない「過ごす時間の質」だ。CCCが売っているのは、最後まで一貫して、本でもDVDでもポイントでもなく、その時間と場所だった。",[11,533,534],{},"これからCCCがどこへ向かうかは、まだ誰にもわからない。SHARE LOUNGEが本当に百店に届くのか。地方の蔦屋書店が、まちの居場所として持続できるのか。創業者なきあとも、提案する力を保てるのか。確かなのは、「本屋とは何か」「働く場所とは何か」「居場所とは何か」を問い直す実験を、CCCがこれからもやめないだろうということだ。その問いに付き合うことは、私たちが「どこで、どんな時間を過ごしたいか」を考え直すことでもある。",[11,536,537],{},"代官山の白い壁の前に立つとき、私たちが見ているのは、一軒の美しい本屋であると同時に、ひとつの問いそのものなのだ。",[28,539,541],{"id":540},"蔦屋書店share-loungeの楽しみ方のヒント","蔦屋書店・SHARE LOUNGEの楽しみ方のヒント",[543,544,545,549,552,555],"ul",{},[546,547,548],"li",{},"蔦屋書店は、購入前の本を読みながら過ごせる店が多くあります。スターバックス併設店なら、コーヒー片手にゆっくり滞在できます。",[546,550,551],{},"作業や勉強で長く滞在したいなら、時間制のSHARE LOUNGEが向いています。フリードリンク・電源・Wi-Fiが揃い、料金は時間に応じて支払う仕組みです。",[546,553,554],{},"同じ「蔦屋書店」でも、店舗ごとにコンセプトや得意ジャンルが大きく異なります。アートなら銀座、家電と暮らしなら二子玉川、というように、目的に合わせて選ぶのがおすすめです。",[546,556,557],{},"撮影の可否や滞在ルール、営業時間は店舗ごとに違います。来店前に各店の公式サイトでご確認ください。",[28,559,560],{"id":560},"よくある質問",[11,562,563],{},"Q. CCC（カルチュア・コンビニエンス・クラブ）とはどんな会社ですか？\nA. TSUTAYA・蔦屋書店・SHARE LOUNGEを展開する企業です。1985年に増田宗昭が設立しました。社名は Culture（文化）・Convenience（利便）・Club（会員制）の頭文字で、「文化をコンビニのように身近に届ける」という意味が込められています。自らを「モノを売る会社」ではなく「ライフスタイルを提案する企画会社」と定義しているのが特徴です。",[11,565,566],{},"Q. 代官山 蔦屋書店は誰が設計したのですか？\nA. 建築設計はクライン ダイサム アーキテクツ（Klein Dytham architecture）とRIAの共同です。白い「T」を編んだファサードで知られます。施設全体のクリエイティブ・ディレクションは池貝知子、サインやロゴなどのアートディレクションは無印良品でも知られる原研哉（日本デザインセンター）が手がけました。2011年12月オープンで、米メディアの「世界の美しい書店20選」に日本から選ばれています。",[11,568,569],{},"Q. SHARE LOUNGE（シェアラウンジ）とは何ですか？普通のカフェやコワーキングと何が違いますか？\nA. 蔦屋書店などが展開する時間制のラウンジです。2019年に渋谷で1号店が開業しました。フリードリンクやナッツ・お菓子、高速Wi-Fi、電源を備え、料金は時間制（おおむね1時間1,000〜1,650円前後、店舗により異なる）です。会員契約が前提のコワーキングと違い、ふらりと立ち寄って「本に囲まれて作業・商談・休憩する時間そのもの」を買う点が特徴です。",[11,571,572],{},"Q. TSUTAYAのレンタル店はなくなっていくのですか？\nA. 動画・音楽配信の普及でDVD・CDレンタル市場は2007年の約3,604億円から2022年の約572億円へ大きく縮小し、店舗数も減り続けています。一方でCCCは、レンタルに代わる柱として蔦屋書店やSHARE LOUNGEといった「過ごす場所・発想する場所」へ事業の重心を移しています。レンタルの縮小と、滞在型・提案型空間への転換が同時に進んでいるのが現状です。",[11,574,575],{},"Q. 「蔦屋」という名前は、江戸時代の蔦屋重三郎に由来するのですか？\nA. 直接の由来は、創業者・増田宗昭の祖父が営んでいた置屋の屋号「蔦屋」です。増田自身は、江戸の版元・蔦屋重三郎との関係は「後付け」だと語っています。一号店オープン当日に届いた『広辞苑』の「蔦屋」の項目のファックスをきっかけに、重三郎を「現代のプロデューサー」の理想像として重ね合わせるようになったとされます。",[28,577,579],{"id":578},"調査方法写真について","調査方法・写真について",[11,581,582],{},"本記事は、CCC・蔦屋書店・SHARE LOUNGEの公開情報、新聞・雑誌・ウェブメディア等の公表資料、創業者・増田宗昭の著書および各種インタビュー、設計者・自治体の公開情報などを参照し、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。店舗数や市場規模などの数字は、集計の基準・時点によって資料間で幅があるため、本文では「およそ」「諸説あり」といった形で扱っています。設計者・デザイナーは公式のクレジット情報に基づいて記載しました。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像（各写真にクレジットを明記）を利用しています。最新の営業状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。",[28,584,585],{"id":585},"もっと探す",[543,587,588,597,605,618],{},[546,589,590,591,596],{},"CCCが運営する公共図書館の10年と賛否は ",[592,593,595],"a",{"href":594},"\u002Farticles\u002Ffeature-ccc-tsutaya-libraries","蔦屋書店が公共図書館を変えた"," で詳しく扱っています。",[546,598,599,600,604],{},"建築が主役の特集は ",[592,601,603],{"href":602},"\u002Farticles\u002Fbeautiful-libraries-japan","建築が美しい・おしゃれな図書館8選"," もどうぞ。",[546,606,607,608,612,613,617],{},"建築家別では ",[592,609,611],{"href":610},"\u002Farticles\u002Farchitect-toyo-ito-libraries","伊東豊雄の図書館","・",[592,614,616],{"href":615},"\u002Farticles\u002Farchitect-kengo-kuma-libraries","隈研吾の図書館"," も。",[546,619,620,621,612,625],{},"本に囲まれて作業できる ",[592,622,624],{"href":623},"\u002Fspaces?category=cafe","全国のカフェ・ワークスペースを探す",[592,626,628],{"href":627},"\u002Fspaces?category=coworking","コワーキングスペースを探す",[11,630,631],{},[632,633,634],"em",{},"店舗の運営状況・営業時間・サービス内容は変更される場合があります。来店前に各施設の公式サイトで最新情報をご確認ください。",{"title":636,"searchDepth":637,"depth":637,"links":638},"",2,[639,645,649,650,658,659,664,671,672,677,678,679,680,681,682,683],{"id":30,"depth":637,"text":31,"children":640},[641,643,644],{"id":44,"depth":642,"text":45},3,{"id":54,"depth":642,"text":55},{"id":70,"depth":642,"text":71},{"id":83,"depth":637,"text":84,"children":646},[647,648],{"id":96,"depth":642,"text":97},{"id":109,"depth":642,"text":110},{"id":119,"depth":637,"text":120},{"id":135,"depth":637,"text":136,"children":651},[652,653,654,655,656,657],{"id":148,"depth":642,"text":149},{"id":158,"depth":642,"text":159},{"id":174,"depth":642,"text":175},{"id":187,"depth":642,"text":188},{"id":203,"depth":642,"text":204},{"id":213,"depth":642,"text":214},{"id":226,"depth":637,"text":227},{"id":245,"depth":637,"text":246,"children":660},[661,662,663],{"id":252,"depth":642,"text":253},{"id":262,"depth":642,"text":263},{"id":287,"depth":642,"text":288},{"id":297,"depth":637,"text":298,"children":665},[666,667,668,669,670],{"id":304,"depth":642,"text":305},{"id":323,"depth":642,"text":324},{"id":339,"depth":642,"text":340},{"id":364,"depth":642,"text":365},{"id":374,"depth":642,"text":375},{"id":398,"depth":637,"text":399},{"id":417,"depth":637,"text":418,"children":673},[674,675,676],{"id":424,"depth":642,"text":425},{"id":437,"depth":642,"text":438},{"id":447,"depth":642,"text":448},{"id":481,"depth":637,"text":482},{"id":505,"depth":637,"text":506},{"id":524,"depth":637,"text":525},{"id":540,"depth":637,"text":541},{"id":560,"depth":637,"text":560},{"id":578,"depth":637,"text":579},{"id":585,"depth":637,"text":585},"feature",null,"2026-06-06","代官山の白い「T」の壁、銀座の櫓のような吹き抜け、そして本に囲まれて働くSHARE LOUNGE。TSUTAYAを生んだカルチュア・コンビニエンス・クラブ（CCC）と創業者・増田宗昭は、なぜ「本を売らない本屋」をつくり、本屋・図書館・働き方を更新し続けるのか。会社の成り立ち、建築家との協働、人を惹きつける仕掛け、これからの行方を、各地の写真とともに4万字で深掘りします。","md",[690,693,696,699],{"q":691,"a":692},"CCC（カルチュア・コンビニエンス・クラブ）とはどんな会社ですか？","TSUTAYA・蔦屋書店・SHARE LOUNGEを展開する企業です。1985年に増田宗昭が設立しました。社名は Culture（文化）・Convenience（利便）・Club（会員制）の頭文字で、「文化をコンビニのように身近に届ける」という意味が込められています。自らを「モノを売る会社」ではなく「ライフスタイルを提案する企画会社」と定義しているのが特徴です。",{"q":694,"a":695},"代官山 蔦屋書店は誰が設計したのですか？","建築設計はクライン ダイサム アーキテクツ（Klein Dytham architecture）とRIAの共同。白い「T」を編んだファサードで知られます。施設全体のクリエイティブ・ディレクションは池貝知子、サインやロゴなどのアートディレクションは無印良品でも知られる原研哉（日本デザインセンター）が手がけました。2011年12月オープンで、米メディアの「世界の美しい書店20選」に日本から選ばれています。",{"q":697,"a":698},"SHARE LOUNGE（シェアラウンジ）とは何ですか？普通のカフェやコワーキングと何が違いますか？","蔦屋書店などが展開する時間制のラウンジです。2019年に渋谷で1号店が開業しました。フリードリンクやナッツ・お菓子、高速Wi-Fi、電源を備え、料金は時間制（おおむね1時間1,000〜1,650円前後、店舗により異なる）。会員契約が前提のコワーキングと違い、ふらりと立ち寄って「本に囲まれて作業・商談・休憩する時間そのもの」を買う点が特徴です。",{"q":700,"a":701},"TSUTAYAのレンタル店はなくなっていくのですか？","動画・音楽配信の普及でDVD・CDレンタル市場は2007年の約3,604億円から2022年の約572億円へ大きく縮小し、店舗数も減り続けています。一方でCCCは、レンタルに代わる柱として蔦屋書店やSHARE LOUNGEといった「過ごす場所・発想する場所」へ事業の重心を移しています。レンタルの縮小と、滞在型・提案型空間への転換が同時に進んでいるのが現状です。",[703,704,705,706],{"name":462,"slug":463},{"name":467,"slug":468},{"name":472,"slug":473},{"name":477,"slug":478},{},true,"\u002Farticles\u002Ffeature-ccc-tsutaya-bookstores",[623,627],{"title":5,"description":687},"library-architecture","feature-ccc-tsutaya-bookstores",[715,718,721,724,727,730],{"name":716,"url":717},"カルチュア・コンビニエンス・クラブ 沿革（CCC公式）","https:\u002F\u002Fwww.ccc.co.jp\u002Fcompany\u002Fhistory\u002F",{"name":719,"url":720},"増田宗昭 — Wikipedia","https:\u002F\u002Fja.wikipedia.org\u002Fwiki\u002F%E5%A2%97%E7%94%B0%E5%AE%97%E6%98%AD",{"name":722,"url":723},"代官山 蔦屋書店（日本デザインセンター プロジェクト）","https:\u002F\u002Fwww.ndc.co.jp\u002Fprojects\u002Ftsutaya-books\u002F",{"name":725,"url":726},"銀座 蔦屋書店オープン（CCCプレスリリース 2017）","https:\u002F\u002Fwww.ccc.co.jp\u002Fnews\u002Fpress\u002F20170414_001163.html",{"name":728,"url":729},"TSUTAYAの業態転換とSHARE LOUNGE（Impress Watch）","https:\u002F\u002Fwww.watch.impress.co.jp\u002Fdocs\u002Ftopic\u002F1564187.html",{"name":731,"url":732},"増田宗昭『知的資本論』（CCCメディアハウス）","https:\u002F\u002Fbooks.cccmh.co.jp\u002Flist\u002Fdetail\u002F1550\u002F","articles\u002Ffeature-ccc-tsutaya-bookstores",[735,736,737,738,739,740,741,742,743,744,745],"蔦屋書店","CCC","TSUTAYA","増田宗昭","代官山蔦屋書店","SHARE 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合格率が乱高下する絶対評価、受験者回復の20年と現在地",{"type":8,"value":752,"toc":1032},[753,756,776,779,802,806,809,812,815,818,821,825,829,832,835,838,842,845,848,851,855,858,861,865,868,872,875,878,881,885,888,891,894,897,900,903,906,909,913,916,919,923,926,948,960,962,966,969,973,976,980,983,987,990,994,997,1001,1004,1008,1011,1015],[11,754,755],{},"行政書士試験の合格率を年ごとに並べると、まるで心電図のようにギザギザと上下します。ある年は6%台、別の年は15%台。同じ試験とは思えないほどの振れ幅です。これは試験のレベルが毎年乱高下しているからではありません。この試験が持つ「絶対評価」という仕組みが、そのまま数字に表れているのです。",[11,757,758,759,612,763,612,767,612,771,775],{},"そして行政書士という資格そのものも、グラフのギザギザに負けないくらい、波乱に富んだ歩みをたどってきました。明治の「代書人」に始まり、戦後に一度は資格が消えかけ、人気ドラマで受験ブームが起き、いまや外国人の在留資格やドローンの飛行許可まで手がける——「街の法律家」の守備範囲は、時代とともに大きく広がってきたのです。この記事では、行政書士試験研究センターの統計をグラフで追いながら、その歴史的背景と現在地を読み解いていきます。「資格試験の歴史的推移と現在地」シリーズの一編です（",[592,760,762],{"href":761},"\u002Farticles\u002Fbar-exam-history-trends","司法試験編",[592,764,766],{"href":765},"\u002Farticles\u002Fcpa-history-trends","公認会計士編",[592,768,770],{"href":769},"\u002Farticles\u002Ftax-accountant-history-trends","税理士編",[592,772,774],{"href":773},"\u002Farticles\u002Fjudicial-scrivener-history-trends","司法書士編","もどうぞ）。",[28,777,778],{"id":778},"この記事の要点",[543,780,781,784,787,790,793,796,799],{},[546,782,783],{},"行政書士の起源は明治5年（1872年）の「代書人」。戦後にいったん資格が失効した空白期もあった",[546,785,786],{},"試験は定員のない絶対評価。300点満点中180点以上などの基準を満たせば全員が合格できる",[546,788,789],{},"そのため合格率は問題の難易度によって6%台から15%台まで大きく変動する",[546,791,792],{},"2000年・2006年の制度改革で出題が法令中心へ変わり、試験は難化した",[546,794,795],{},"ドラマ「カバチタレ!」が放送された2000年代初頭に受験者が急増した時期がある",[546,797,798],{},"受験者数は2018年度の底から回復し、2025年度は50,163人と直近で最多に",[546,800,801],{},"入管業務（在留資格）やドローン許可など、行政書士の仕事は時代とともに広がっている",[28,803,805],{"id":804},"代書人というルーツそして一度消えた資格","「代書人」というルーツ、そして一度消えた資格",[11,807,808],{},"行政書士のルーツは、司法書士と同じく、明治のはじめの「代書人」にあります。",[11,810,811],{},"1872年（明治5年）の司法職務定制で定められた代書人のうち、役所（官公署）に提出する書類の作成を担った人々が、行政書士の直接の祖先です。当初は取り締まりのルールが地域ごとにバラバラでしたが、1920年（大正9年）に内務省が「代書人規則」を定め、全国の制度がようやく統一されました。この規則で定義された代書人が、いまの行政書士へとまっすぐつながっています。",[11,813,814],{},"ところが、この資格には一度「消えた」時期があります。戦後、日本国憲法の施行にともなって古い命令が効力を失う際、代書人規則も1947年（昭和22年）に失効してしまったのです。資格制度がぽっかりと空白になりました。「住民の手続きを支える専門家が必要だ」という現場の声を受け、改めて法律で位置づけ直す動きが起こり、1951年（昭和26年）に行政書士法が成立します。一度は制度ごと消えかけた資格が、必要とされて復活した——これも行政書士の歴史を語るうえで面白いエピソードです。",[11,816,817],{},"行政書士の業務独占は、この行政書士法に根拠があります。他人の依頼を受けて報酬を得て、①官公署に提出する書類、②権利義務に関する書類、③事実証明に関する書類を作成すること。これが行政書士の独占業務です。ただし、登記は司法書士、税務は税理士というように、他の法律で専門家が定められている分野は除かれます。「役所に出す書類のプロ」という位置づけが、ここで形づくられました。",[11,819,820],{},"制度と受験者数の流れを年表で見てみましょう。",[822,823],"exam-timeline",{"id":824},"gyosei",[28,826,828],{"id":827},"なぜ定員ゼロ絶対評価なのか","なぜ「定員ゼロ・絶対評価」なのか",[11,830,831],{},"行政書士試験の最大の特徴は、合否の決め方にあります。多くの難関試験が「上位何%」を合格にする相対評価なのに対し、行政書士試験は定員のない絶対評価です。300点満点中180点以上（おおむね6割）を取り、法令科目・基礎知識それぞれの基準点も満たせば、その年に何人いようと全員が合格できます。",[11,833,834],{},"なぜ、このような仕組みなのでしょうか。行政書士試験は、限られた椅子を奪い合う競争選抜ではなく、「行政手続を扱うのに必要な一定の実務能力があるか」を確かめる試験だからです。基準に達した人は、ライバルの出来に関係なく合格させる。そういう設計思想です。試験は都道府県知事が実施する建前ですが、その事務は総務大臣が指定する一般財団法人・行政書士試験研究センターに委任されており、全国共通の水準が保たれています。",[11,836,837],{},"この絶対評価のもとでは、合格率は受験生のレベルではなく「その年の問題が難しかったか・易しかったか」でほぼ決まります。問題が難しければ180点に届く人が減って合格率が下がり、易しければ合格率が跳ね上がる。だからグラフは毎年ギザギザに揺れるのです。総得点が180点を超えても、基礎知識の基準点に届かなければ不合格になる「足切り」もあり、「6割取ったのに落ちる」ことも起こりえます。",[28,839,841],{"id":840},"試験が難しくなった理由-2000年と2006年の転換","試験が難しくなった理由 — 2000年と2006年の転換",[11,843,844],{},"「行政書士は昔より難しくなった」とよく言われます。これには、はっきりした制度的な理由があります。",[11,846,847],{},"転機は2000年（平成12年）の改正でした。それまでの行政書士試験は、時事的な一般教養を問う色合いが強い試験でしたが、この改正で試験委員が法律の学識者中心となり、出題が法令中心へと大きく舵を切ります。続く2006年度（平成18年度）には、法令科目を重視し、記述式を含む現在の出題形式が固まりました。背景にあるのは、行政手続がますます複雑・専門化するなかで、書類を作るだけでなく法令を正確に理解した専門家を求める、という時代の要請です。",[11,849,850],{},"この流れは今も続いています。2024年度（令和6年度）からは、従来の「一般知識」が「基礎知識」へと改組され、行政書士法など業務に直結する法令や、情報通信・個人情報保護といったデジタル社会への対応が重視されるようになりました。試験の中身は、社会の変化を映しながら少しずつ作り替えられているのです。",[28,852,854],{"id":853},"カバチタレが起こした受験ブーム","「カバチタレ!」が起こした受験ブーム",[11,856,857],{},"行政書士の歴史には、ちょっと変わったエピソードがあります。一本のドラマが、受験者数を動かしたのです。",[11,859,860],{},"2001年前後、行政書士を主人公にした人気漫画「カバチタレ!」がドラマ化され、注目を集めました。それまで地味な印象だった「街の法律家」が、トラブル解決に奔走する身近なヒーローとして茶の間に登場したのです。その効果は数字にも表れ、平成14年度（2002年）の受験者数は約67,000人に達し、合格率も19%台まで跳ね上がりました。マンガやドラマが国家資格の人気を押し上げる——これは資格の世界でも珍しい現象で、行政書士という資格が持つ「身近さ」を象徴する出来事でした。",[28,862,864],{"id":863},"乱高下する合格率底を打った受験者数","乱高下する合格率、底を打った受験者数",[11,866,867],{},"次のグラフは、行政書士試験の受験者数・合格者数（棒）と合格率（折れ線）の推移です。",[869,870],"exam-chart",{"id":871},"gyosei-overview",[11,873,874],{},"赤い折れ線の暴れっぷりに注目してください。2006年度は4.8%と低く、翌2007年度は8.6%へ。2014年度は8.3%、2015年度は13.1%、2017年度は15.7%と当たり年もあれば、その翌年は12.7%へ。相対評価の試験では考えにくい振れ幅ですが、絶対評価ならこれが自然な姿です。難化した年には合格基準点を引き下げる「補正措置」が取られることもあり、2014年度などがその例です。",[11,876,877],{},"棒グラフ（受験者数）も大きく動いています。「カバチタレ!」ブームの後、受験者は減り続け、2018年度には39,105人まで落ち込みました。ところがそこが底でした。2021年度以降は増加に転じ、2025年度には50,163人と直近で最多を記録しています。合格者数（薄い棒）も近年は6,000〜7,000人台と厚く、2025年度は7,292人が合格しました。",[11,879,880],{},"受験者が再び増えている背景には、独立開業しやすい国家資格としての注目度の高まり、社会人の学び直しや副業への関心、他資格と組み合わせる「ダブルライセンス」志向があります。登録している行政書士の数も増え続けており、女性の行政書士はこの15年ほどで約2倍に増えました。「比較的挑戦しやすい入口の士業」という位置づけが、人気の再燃を後押ししています。",[28,882,884],{"id":883},"街の法律家の守備範囲はこう広がった","街の法律家の守備範囲は、こう広がった",[11,886,887],{},"受験者数の回復を支えているのは、行政書士の「仕事の広がり」でもあります。",[11,889,890],{},"行政書士の業務は、もともと建設業・運送業・飲食店・産業廃棄物処理業といった幅広い分野の許認可申請が中心でした。そこに、相続・遺言の書類作成、自動車の登録・車庫証明、農地転用、補助金・助成金の申請などが加わります。役所に出すあらゆる書類が、行政書士の活躍の場というわけです。",[11,892,893],{},"そして近年、とくに存在感を増しているのが「入管業務（国際業務）」です。在留資格（ビザ）の取得・変更・更新や、永住許可、帰化の支援。この分野の土台になっているのが1989年（平成元年）に始まった「申請取次制度」で、法務大臣の研修などを経た「申請取次行政書士」は、外国人本人に代わって入管へ申請を取り次げます。背景にあるのは、在留外国人の急増です。2025年6月末時点で在留外国人は約395万人と過去最多を更新し、人手不足を補う「特定技能」の在留外国人も30万人を超えました。外国人と日本社会の橋渡し役として、行政書士の需要は確実に高まっています。",[11,895,896],{},"さらに新しい分野も生まれています。たとえばドローンの飛行許可申請。空の規制が年々細かくなるなか、国土交通省への許可手続を代行する「ドローン専門行政書士」まで登場しました。「役所に出す書類」が時代とともに増えれば、それだけ行政書士の食い扶持も広がる。守備範囲が固定されていないことこそ、この資格の強みなのです。",[28,898,899],{"id":899},"ダブルライセンスという選択",[11,901,902],{},"行政書士の人気を語るうえで欠かせないのが、「ダブルライセンス」という考え方です。",[11,904,905],{},"行政書士の業務は、役所に出す書類を広くカバーする一方で、単独では完結しない場面も少なくありません。たとえば会社設立では、定款作成までは行政書士が担えますが、登記は司法書士の領域。労務関係の手続きは社会保険労務士、税務は税理士の領域です。そこで、行政書士に別の士業を組み合わせて、依頼者の手続きをワンストップで引き受けようという発想が生まれます。司法書士・社会保険労務士・宅地建物取引士などと掛け合わせる人が多く、行政書士はその「入口」や「ハブ」として選ばれやすい資格なのです。",[11,907,908],{},"比較的挑戦しやすく、独立開業の自由度が高いことも、行政書士が選ばれる理由です。ただし、資格を取れば自動的に仕事が来るわけではありません。どの分野を専門にするか、どう依頼者を見つけるかという「営業」の力が、開業後の明暗を分けます。だからこそ、在学中や働きながら早めに資格を取り、自分の強みとなる分野をじっくり育てていく——そんな長い視点で臨む人が増えています。学習を継続できる環境を持つことは、合格後のキャリア設計の第一歩でもあるのです。",[28,910,912],{"id":911},"現在地人気再燃のなかの年による運不運","現在地：人気再燃のなかの「年による運・不運」",[11,914,915],{},"2025年度の行政書士試験は、受験者50,163人・合格7,292人・合格率14.5%。受験者数の回復が続き、活気を取り戻しています。一方で、絶対評価ゆえの「年による運・不運」は変わりません。同じ実力でも、受けた年の問題難易度によって結果が変わりうる——これは行政書士試験を受けるうえで知っておくべき性格です。",[11,917,918],{},"だからこそ対策の基本は、「合格率が高い年を狙う」ことではなく、「どんな難易度の年でも180点を確実に超える地力」をつけることに尽きます。明治の代書人から始まり、消えかけては復活し、ドラマでブームを起こし、いまは国際化やデジタル化の最前線で書類を扱う。行政書士は、時代の変化をいちばん身近に映してきた資格と言えるかもしれません。",[28,920,922],{"id":921},"これから目指す人へ-安定した地力を育てる環境","これから目指す人へ — 安定した地力を育てる環境",[11,924,925],{},"合格率が揺れる試験だからこそ、ぶれない実力づくりが何より大切です。行政書士試験は法令科目の正確な暗記と、記述式での表現力が問われます。毎日コツコツと知識を積み上げ、過去問と記述対策を繰り返す——そのリズムを保てる環境が、合格を引き寄せます。",[543,927,928,931,938,945],{},[546,929,930],{},"六法・テキスト・問題集を広げられる机",[546,932,933,934],{},"暗記と記述演習に集中できる",[592,935,937],{"href":936},"\u002Fspaces?category=study_room&hasPrivateRoom=true","個室・半個室タイプの自習室",[546,939,940,941],{},"仕事や学業のすき間時間を使える",[592,942,944],{"href":943},"\u002Fspaces?category=study_room&open24h=true","24時間営業の自習室",[546,946,947],{},"通いやすい駅近の立地",[11,949,950,954,955,959],{},[592,951,953],{"href":952},"\u002Ftokyo","東京都","や",[592,956,958],{"href":957},"\u002Fosaka","大阪府","をはじめ、本サイトでは条件を絞って自分に合う自習室・コワーキングスペースを探せます。社会人受験生の多い試験だからこそ、生活に無理なく組み込める「勉強の拠点」を確保することが、合格への近道です。",[28,961,560],{"id":560},[42,963,965],{"id":964},"行政書士の起源はいつですか","行政書士の起源はいつですか？",[11,967,968],{},"1872年（明治5年）の司法職務定制で定められた「代書人」が起源です。役所に提出する書類の作成を担う「行政代書人」が、現在の行政書士につながります。1920年（大正9年）の代書人規則で全国の制度が統一され、戦後にいったん資格が失効した空白期を経て、1951年に行政書士法が成立しました。",[42,970,972],{"id":971},"行政書士試験の合格率はなぜ年によって大きく変わるのですか","行政書士試験の合格率はなぜ年によって大きく変わるのですか？",[11,974,975],{},"行政書士試験は定員のない絶対評価で、300点満点中180点以上などの基準を満たせば全員が合格できる仕組みだからです。そのため問題の難易度によって、合格率が6%台から15%台まで大きく変動します。",[42,977,979],{"id":978},"行政書士試験の受験者数は増えていますか","行政書士試験の受験者数は増えていますか？",[11,981,982],{},"2018年度の39,105人を底に増加に転じ、2025年度は50,163人と直近で最多になりました。独立開業しやすい資格としての注目や、社会人の学び直し・ダブルライセンス志向を背景に、人気が再燃しています。",[42,984,986],{"id":985},"補正措置とは何ですか","「補正措置」とは何ですか？",[11,988,989],{},"問題が難しく合格者が著しく減りそうな年に、合格基準点を引き下げて調整する措置です。2014年度などに行われました。定員のない絶対評価の試験ならではの仕組みです。",[42,991,993],{"id":992},"行政書士試験はいつ制度が変わりましたか","行政書士試験はいつ制度が変わりましたか？",[11,995,996],{},"2000年（平成12年）の改正で出題が法令中心へと転換し、2006年度（平成18年度）に記述式を含む現行の出題形式が固まりました。さらに2024年度からは「一般知識」が「基礎知識」へ改組され、行政書士法やデジタル関連の知識が重視されるようになっています。",[42,998,1000],{"id":999},"行政書士の入管業務とは何ですか","行政書士の入管業務とは何ですか？",[11,1002,1003],{},"在留資格（ビザ）の取得・変更・更新、永住許可、帰化などの申請を外国人に代わって支援する業務です。法務大臣の研修・効果測定を経た「申請取次行政書士」は、本人に代わって入管へ申請を取り次げます。在留外国人の増加を背景に、近年とくに需要が伸びている分野です。",[42,1005,1007],{"id":1006},"行政書士の勉強はどんな環境が向いていますか","行政書士の勉強はどんな環境が向いていますか？",[11,1009,1010],{},"法令科目の暗記と記述対策に集中できる、長時間こもれる自習室やコワーキングスペースが向いています。",[28,1012,1014],{"id":1013},"調査方法データについて","調査方法・データについて",[543,1016,1017,1020,1023,1026,1029],{},[546,1018,1019],{},"受験者数・合格者数・合格率は、一般財団法人 行政書士試験研究センターが公表する「試験結果の推移」をもとに集計しました。合格率は合格者数÷受験者数（公式準拠）です。",[546,1021,1022],{},"制度の背景（代書人からの沿革、行政書士法、絶対評価の仕組み、2000年・2006年・2024年の試験制度改革、申請取次制度、在留外国人の動向など）は、日本行政書士会連合会・総務省・出入国在留管理庁・e-Govなどの公表資料をもとに整理しました。年度別の受験者数の細かい数値やピーク年は出典により差がある場合があります。",[546,1024,1025],{},"直近10年の試験結果は公式資料、それ以前は複数の公開資料でクロスチェックしています。",[546,1027,1028],{},"本記事のグラフは、上記の統計を当サイトが図表化したものです。",[546,1030,1031],{},"データ取得・確認日: 2026年6月6日。最新年度の数値は今後の発表により更新される場合があります。",{"title":636,"searchDepth":637,"depth":637,"links":1033},[1034,1035,1036,1037,1038,1039,1040,1041,1042,1043,1044,1053],{"id":778,"depth":637,"text":778},{"id":804,"depth":637,"text":805},{"id":827,"depth":637,"text":828},{"id":840,"depth":637,"text":841},{"id":853,"depth":637,"text":854},{"id":863,"depth":637,"text":864},{"id":883,"depth":637,"text":884},{"id":899,"depth":637,"text":899},{"id":911,"depth":637,"text":912},{"id":921,"depth":637,"text":922},{"id":560,"depth":637,"text":560,"children":1045},[1046,1047,1048,1049,1050,1051,1052],{"id":964,"depth":642,"text":965},{"id":971,"depth":642,"text":972},{"id":978,"depth":642,"text":979},{"id":985,"depth":642,"text":986},{"id":992,"depth":642,"text":993},{"id":999,"depth":642,"text":1000},{"id":1006,"depth":642,"text":1007},{"id":1013,"depth":637,"text":1014},"「代書人」に始まり一度は消えかけた資格、ドラマ「カバチタレ!」が起こした受験ブーム、入管業務やドローンへ広がる守備範囲。なぜ合格率は毎年乱高下するのか。行政書士試験研究センターの統計のグラフとともに、歴史的背景と現在地を読み解きます。",[1056,1057,1058,1059,1060,1061,1062],{"q":965,"a":968},{"q":972,"a":975},{"q":979,"a":982},{"q":986,"a":989},{"q":993,"a":996},{"q":1000,"a":1003},{"q":1007,"a":1010},[],{},"\u002Farticles\u002Fadministrative-scrivener-history-trends",[943,936,952,957],{"title":750,"description":1054},"exam","administrative-scrivener-history-trends",[],"articles\u002Fadministrative-scrivener-history-trends",[1073,1074,1075,1076,1077],"行政書士","行政書士試験","資格試験","合格率推移","歴史","zxrOuD5NQiCi9O4ZL0LscMr_pFlx8GoqskKyhdJcV1c",{"id":1080,"title":1081,"author":6,"body":1082,"category":684,"cover_image":685,"created_at":1325,"description":1326,"extension":688,"faq":1327,"featured":1340,"meta":1343,"navigation":708,"path":615,"published":708,"related_lp":1344,"seo":1345,"series":712,"slug":1346,"sources":1347,"stem":1348,"tags":1349,"updated_at":1325,"__hash__":1354},"articles\u002Farticles\u002Farchitect-kengo-kuma-libraries.md","建築家・隈研吾の図書館｜梼原「雲の上の図書館」からTOYAMAキラリへ",{"type":8,"value":1083,"toc":1303},[1084,1087,1090,1093,1096,1100,1103,1107,1110,1114,1117,1121,1128,1131,1135,1138,1144,1148,1151,1156,1160,1163,1167,1173,1176,1180,1183,1189,1193,1196,1200,1203,1207,1210,1224,1227,1231,1245,1247,1250,1253,1256,1259,1261,1264,1266,1298],[11,1085,1086],{},"コンクリートで街を覆い尽くした20世紀への、静かな反論。それが、建築家・隈研吾が掲げた「負ける建築」でした。素材は、木。手本は、その土地の森と職人。彼の図書館に足を踏み入れると、本よりも先に、まず木の匂いが出迎えてくれます。",[11,1088,1089],{},"この特集では、隈という建築家の歩みから、2つの図書館が生まれた経緯、そして建物がどのように街へ溶け込んでいるかまでを、写真とともにじっくり読み解きます。ひとつは四国山間の小さな町に、もうひとつは富山の街なかに。場所はまるで違うのに、どちらも「木の力」に満ちています。",[28,1091,1092],{"id":1092},"隈研吾という建築家",[11,1094,1095],{},"隈研吾は1954年、神奈川県横浜市の生まれ。1979年に東京大学大学院を修了し、1990年に自身の事務所を構えました。国立競技場（2019年完成）の設計者として、その名は一般にも広く知られています。",[42,1097,1099],{"id":1098},"勝つ建築から負ける建築へ","「勝つ建築」から「負ける建築」へ",[11,1101,1102],{},"隈の建築思想を一言で表すのが、著書のタイトルにもなった「負ける建築」です。周囲の環境を圧倒してそびえ立つ超高層ビルのような、20世紀型の「勝つ建築」。それに対し、これからの建築は風土や自然、人の営みといったさまざまな外力を受け入れ、環境に溶け込む「負ける」道をめざすべきだ——。コンクリートやガラスで自己主張するのではなく、木や石、土といった地域の自然素材を主役に据える姿勢が、ここから生まれます。",[42,1104,1106],{"id":1105},"木で世界を編む-代表作","木で世界を編む — 代表作",[11,1108,1109],{},"「負ける建築」の手法は、国内外の名建築として結実しています。日本庭園に向かってガラスで大きく開き、切妻屋根の量塊が環境と調和する根津美術館（2009年・毎日芸術賞）。建物の一部を川にせり出させ、水と一体になったスコットランド初のデザイン美術館V&Aダンディー（2018年）。そして、全国から集めた木を軒庇に編み込んだ国立競技場（2019年）。ほかにも森舞台\u002F登米町伝統芸能伝承館（日本建築学会賞）、高輪ゲートウェイ駅、太宰府天満宮表参道のスターバックスなど、木と自然素材を生かした作品は枚挙にいとまがありません。",[42,1111,1113],{"id":1112},"すべてはひとつの小さな町から始まった","すべては、ひとつの小さな町から始まった",[11,1115,1116],{},"その隈研吾の木造建築の原点は、高知県の山あいにある梼原町（ゆすはらちょう）にあります。1987年、彼はこの町で木造の芝居小屋「梼原座」に出会い、その保存に関わったことをきっかけに、町と長い付き合いを始めました。雲の上のホテル、総合庁舎、ギャラリー、まちの駅——梼原には、隈の木造建築が点々と建ち、いつしか「隈研吾建築のミュージアム」とも呼ばれる町になりました。その集大成のひとつが、次に紹介する図書館です。",[28,1118,1120],{"id":1119},"雲の上の図書館-杉の森に分け入る","雲の上の図書館 — 杉の森に、分け入る",[496,1122],{"architect":1123,"location":1124,"name":1125,"slug":1126,"year":1127},"隈研吾","高知県梼原町","雲の上の図書館（梼原町立図書館）","library-unknown-461","2018年",[11,1129,1130],{},"2018年に開館した雲の上の図書館（梼原町立図書館）。扉を開けた瞬間、息をのみます。天井からは、無数の杉の梁が枝のように四方へ伸び、頭上に木の森が広がっているのです。",[42,1132,1134],{"id":1133},"この図書館ができるまで梼原と隈研吾30年の物語","［この図書館ができるまで］梼原と隈研吾、30年の物語",[11,1136,1137],{},"この図書館は、ある日突然あらわれたわけではありません。1987年の梼原座との出会いから始まった、隈と梼原町の約30年にわたる関係の延長線上に建っています。ホテル、庁舎、ギャラリーと、町に木造建築を積み重ねてきた末に、町の人々が日常的に集える「図書館」というかたちにたどり着いた——いわば、長い物語の最終章のひとつです。梼原産のスギ材をふんだんに使い、鉄と杉を組み合わせた混構造で、「森のなかの町」にふさわしい森のような空間を実現しました。",[21,1139],{"caption":1140,"credit":1141,"href":1142,"src":1143},"外壁には杉の板がランダムに掛けられ、本が並ぶ書架のように見える。","Asset utilitist \u002F CC0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:%E3%82%86%E3%81%99%E3%81%AF%E3%82%89%E9%9B%B2%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%EF%BC%88%E6%A2%BC%E5%8E%9F%E7%94%BA%E7%AB%8B%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%EF%BC%89_01.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fkengo-kuma\u002Fyusuhara-01.jpg",[42,1145,1147],{"id":1146},"木漏れ日が降る混構造の森","木漏れ日が降る、混構造の森",[11,1149,1150],{},"複雑に組み上げられた杉の梁が、まさに森の樹冠のように覆いかぶさり、その隙間からやわらかな光が落ちてきます。中央の柱から枝のように梁が広がるさまは、一本の大樹の下に立っているかのよう。階段状になった床に腰を下ろせば、木に抱かれて本を開く、ほかにない読書体験が待っています。",[21,1152],{"caption":1153,"credit":1141,"href":1154,"src":1155},"中央の柱から放射状に広がる杉の梁。森の樹冠の下にいるような館内。","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:%E3%82%86%E3%81%99%E3%81%AF%E3%82%89%E9%9B%B2%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%EF%BC%88%E6%A2%BC%E5%8E%9F%E7%94%BA%E7%AB%8B%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%EF%BC%89_02.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fkengo-kuma\u002Fyusuhara-02.jpg",[42,1157,1159],{"id":1158},"街への溶け込み靴を脱いで過ごす町のリビング","［街への溶け込み］靴を脱いで過ごす、町のリビング",[11,1161,1162],{},"館内は靴を脱いで上がるくつろいだ造りで、子どもから大人まで一日を過ごせる場所として親しまれています。福祉施設「YURURIゆすはら」と一体となった複合建築でもあり、図書館が町の暮らしにそっと溶け込んでいるのも梼原らしさ。標高の高い山間の町でありながら、この建築だけを目当てに県外からも人が訪れ、いまや梼原を象徴する建築観光の拠点になっています。小さな町に、外から人と関心を呼び込む——建築が地域の活力そのものになっている好例です。",[28,1164,1166],{"id":1165},"toyamaキラリ-都市に立つ木の渓谷","TOYAMAキラリ — 都市に立つ、木の渓谷",[496,1168],{"architect":1123,"location":1169,"name":1170,"slug":1171,"year":1172},"富山県富山市","TOYAMAキラリ 富山市立図書館本館","library-unknown-291","2015年",[11,1174,1175],{},"山あいの梼原とは対照的に、こちらは富山の街なかに立つ複合施設「TOYAMAキラリ」（2015年）。富山市立図書館本館、富山市ガラス美術館、銀行が同居する、街のランドマークです。",[42,1177,1179],{"id":1178},"この施設ができるまでガラスの街の再開発","［この施設ができるまで］「ガラスの街」の再開発",[11,1181,1182],{},"TOYAMAキラリは、富山市中心部の「西町南地区」の市街地再開発事業として生まれました。図書館・美術館・銀行という性格の異なる機能を一つの建物に束ねたのは、限られた都心の土地を有効に使い、人の集まる核をつくるためです。富山はかつて薬びんづくりで栄えた歴史から「ガラスの街とやま」を掲げており、館内の富山市ガラス美術館はその文化的シンボル。図書館は、その美術館と同じ建物で時間を過ごせる、ぜいたくな環境に置かれています。",[21,1184],{"caption":1185,"credit":1186,"href":1187,"src":1188},"アルミ・ガラス・白御影石の約1,000枚のパネルが包む外観。","Asturio Cantabrio \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:TOYAMA_KIRARI_exterior_in_the_morning_ac_%283%29.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fkengo-kuma\u002Ftoyama-exterior.jpg",[42,1190,1192],{"id":1191},"立山連峰を映す外観内に抱く吹き抜け","立山連峰を映す外観、内に抱く吹き抜け",[11,1194,1195],{},"外観は、御影石・ガラス・アルミの約1,000枚のパネルが、立山連峰の岩肌や雪のように複雑な表情をつくります。時間や天候で光の反射が刻々と変わるのも見どころ。そして一歩なかに入ると、2階から6階までを貫く斜めの大吹き抜けが来館者を見上げさせます。壁面には富山県産の杉ルーバーがびっしりと張られ、都市のビルのただ中に、木でできた渓谷のような縦の空間が出現します。冷たくなりがちな複合ビルに、地域の杉で体温を与える——梼原で確立した手法を、都市建築のスケールに翻訳してみせた一作です。",[42,1197,1199],{"id":1198},"街への溶け込みコンパクトシティの核として","［街への溶け込み］コンパクトシティの核として",[11,1201,1202],{},"TOYAMAキラリを語るうえで欠かせないのが、富山市が全国に先駆けて進めてきた「コンパクトシティ」のまちづくりです。富山市は2007年、青森市とともに中心市街地活性化基本計画で国の第1号認定を受け、路面電車の環状線化など公共交通を軸に、まちなかへ人を呼び戻す政策を進めてきました。中心部にあり路面電車でアクセスできるTOYAMAキラリは、まさにその政策の象徴。図書館・美術館という文化施設を都心に据えることで、買い物以外の目的でも人が集まる「賑わいの核」として機能しています。",[28,1204,1206],{"id":1205},"隈研吾の図書館に通底するもの","隈研吾の図書館に、通底するもの",[11,1208,1209],{},"四国の小さな町と、北陸の県都。離れた2館に、同じ思想がはっきりと刻まれています。",[543,1211,1212,1215,1218,1221],{},[546,1213,1214],{},"地域の素材を主役にする：梼原の杉、富山の杉。その土地の森が、そのまま建築になる。",[546,1216,1217],{},"木の「組み方」を見せる：登り梁、ルーバー。構造の手わざが、そのまま意匠の美しさになる。",[546,1219,1220],{},"コンクリートに「負ける」：素材の質感と陰影を優先し、建築が自然や街に溶け込む。",[546,1222,1223],{},"見上げたくなる空間：天井や吹き抜けに物語を込め、人の視線を上へ、外へと導く。",[11,1225,1226],{},"隈にとって図書館とは、本を守る箱である以前に、地域の森を都市や暮らしへ運び込む装置なのかもしれません。",[28,1228,1230],{"id":1229},"_2館をめぐる-訪れ方のヒント","2館をめぐる — 訪れ方のヒント",[543,1232,1233,1236,1239,1242],{},[546,1234,1235],{},"雲の上の図書館：高知県梼原町。山間部のため、車での来訪と所要時間の確認がおすすめ。雲の上のギャラリーや総合庁舎など、町に点在する隈建築をあわせてめぐると一日楽しめます。",[546,1237,1238],{},"TOYAMAキラリ：富山市中心部。富山駅から路面電車でアクセスしやすく、同じ建物の富山市ガラス美術館とセットで楽しめます。",[546,1240,1241],{},"入館・閲覧は無料。建築見学だけの来館も歓迎されています。",[546,1243,1244],{},"撮影はルールを確認：他の利用者を写さない、フラッシュ禁止、要申請など館により異なります。",[28,1246,560],{"id":560},[11,1248,1249],{},"Q. 隈研吾が設計した図書館はどこにありますか？\nA. 代表的なのは、高知県梼原町の雲の上の図書館（梼原町立図書館・2018年）と、富山県の富山市立図書館本館が入るTOYAMAキラリ（2015年）です。どちらも地元産の杉をふんだんに使った木の建築で知られます。",[11,1251,1252],{},"Q. 隈研吾はどんな建築家ですか？\nA. 1954年生まれの世界的建築家で、コンクリートに頼らず木や石など地域の自然素材を生かす「負ける建築」で知られます。国立競技場の設計や、高知・梼原町での一連の木造建築でも有名です。",[11,1254,1255],{},"Q. 雲の上の図書館では何ができますか？\nA. 梼原産の杉に包まれた空間で、読書や見学が楽しめます。靴を脱いで上がるくつろいだ造りで、子どもから大人まで一日過ごせる図書館として親しまれています。入館は無料です（開館状況は公式でご確認ください）。",[11,1257,1258],{},"Q. 隈研吾と梼原町はどんな関係なのですか？\nA. 隈研吾は1987年に梼原町の木造芝居小屋「梼原座」と出会い、その保存に関わったことをきっかけに、約30年にわたって町と関わってきました。雲の上のホテル、総合庁舎、ギャラリーなど数々の木造建築を手がけ、2018年の雲の上の図書館はその集大成のひとつです。",[28,1260,579],{"id":578},[11,1262,1263],{},"本記事は、各施設・自治体の公開情報および建築・経緯・まちづくりに関する公表資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。設計者・竣工年・再開発やまちづくりの経緯などの事実は公的資料で確認しました。写真のうち、施設名つきのカード（施設ページへのリンク）の画像は各施設のGoogleマップ等で公開されている写真を、それ以外の建築写真は Wikimedia Commons で公開されている画像（各写真にクレジットを明記）を利用しています。最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。",[28,1265,585],{"id":585},[543,1267,1268,1274,1280,1292],{},[546,1269,1270,1271,1273],{},"建築別の総まとめは ",[592,1272,603],{"href":602}," へ。",[546,1275,1276,1277,604],{},"もうひとりの巨匠 ",[592,1278,1279],{"href":610},"建築家・伊東豊雄の図書館特集",[546,1281,1282,1283,612,1287,1291],{},"各エリアの施設は ",[592,1284,1286],{"href":1285},"\u002Fkochi","高知県",[592,1288,1290],{"href":1289},"\u002Ftoyama","富山県"," の都道府県ページからも探せます。",[546,1293,1294],{},[592,1295,1297],{"href":1296},"\u002Fspaces?category=library","全国の図書館を探す",[11,1299,1300],{},[632,1301,1302],{},"建物の用途・開館状況は変更される場合があります。来館前に各施設の公式サイトで最新情報をご確認ください。",{"title":636,"searchDepth":637,"depth":637,"links":1304},[1305,1310,1315,1320,1321,1322,1323,1324],{"id":1092,"depth":637,"text":1092,"children":1306},[1307,1308,1309],{"id":1098,"depth":642,"text":1099},{"id":1105,"depth":642,"text":1106},{"id":1112,"depth":642,"text":1113},{"id":1119,"depth":637,"text":1120,"children":1311},[1312,1313,1314],{"id":1133,"depth":642,"text":1134},{"id":1146,"depth":642,"text":1147},{"id":1158,"depth":642,"text":1159},{"id":1165,"depth":637,"text":1166,"children":1316},[1317,1318,1319],{"id":1178,"depth":642,"text":1179},{"id":1191,"depth":642,"text":1192},{"id":1198,"depth":642,"text":1199},{"id":1205,"depth":637,"text":1206},{"id":1229,"depth":637,"text":1230},{"id":560,"depth":637,"text":560},{"id":578,"depth":637,"text":579},{"id":585,"depth":637,"text":585},"2026-06-04","「負ける建築」で知られる建築家・隈研吾が手がけた図書館を巡る建築特集。杉の梁が森のように広がる高知・梼原の雲の上の図書館、都市に木の渓谷をつくったTOYAMAキラリを写真とともに雑誌風に深掘り。建築家の歩み、図書館が生まれた経緯、街への溶け込み方、そして素材と地域への思想までを読み解きます。",[1328,1331,1334,1337],{"q":1329,"a":1330},"隈研吾が設計した図書館はどこにありますか？","代表的なのは、高知県梼原町の雲の上の図書館（梼原町立図書館・2018年）と、富山県の富山市立図書館本館が入るTOYAMAキラリ（2015年）です。どちらも地元産の杉をふんだんに使った木の建築で知られます。",{"q":1332,"a":1333},"隈研吾はどんな建築家ですか？","1954年生まれの世界的建築家で、コンクリートに頼らず木や石など地域の自然素材を生かす「負ける建築」で知られます。国立競技場の設計や、高知・梼原町での一連の木造建築でも有名です。",{"q":1335,"a":1336},"雲の上の図書館では何ができますか？","梼原産の杉に包まれた空間で、読書や見学が楽しめます。靴を脱いで上がるくつろいだ造りで、子どもから大人まで一日過ごせる図書館として親しまれています。入館は無料です（開館状況は公式でご確認ください）。",{"q":1338,"a":1339},"隈研吾と梼原町はどんな関係なのですか？","隈研吾は1987年に梼原町の木造芝居小屋「梼原座」と出会い、その保存に関わったことをきっかけに、約30年にわたって町と関わってきました。雲の上のホテル、総合庁舎、ギャラリーなど数々の木造建築を手がけ、2018年の雲の上の図書館はその集大成のひとつです。",[1341,1342],{"name":1125,"slug":1126},{"name":1170,"slug":1171},{},[1296],{"title":1081,"description":1326},"architect-kengo-kuma-libraries",[],"articles\u002Farchitect-kengo-kuma-libraries",[1350,744,1123,1351,745,1352,1353],"図書館","建築家","おしゃれ","デザイン","cRaHuuX9oLKDRYEUvQM-BAZapHOSIlfjGnAjIPXzT5k",{"id":1356,"title":1357,"author":6,"body":1358,"category":684,"cover_image":685,"created_at":1683,"description":1684,"extension":688,"faq":1685,"featured":1698,"meta":1699,"navigation":708,"path":1700,"published":708,"related_lp":1701,"seo":1702,"series":712,"slug":1703,"sources":1704,"stem":1723,"tags":1724,"updated_at":1683,"__hash__":1729},"articles\u002Farticles\u002Farchitect-tadao-ando-libraries.md","安藤忠雄、本の森をつくる｜光と打ち放しコンクリートで「子どもに本と出会う場所」を全国へ",{"type":8,"value":1359,"toc":1663},[1360,1363,1366,1372,1376,1379,1382,1385,1388,1391,1397,1401,1404,1407,1410,1416,1419,1422,1425,1431,1435,1438,1441,1444,1448,1451,1457,1461,1464,1467,1471,1474,1479,1482,1486,1489,1492,1495,1499,1502,1505,1508,1513,1516,1519,1522,1525,1529,1532,1538,1541,1544,1550,1554,1557,1560,1563,1566,1569,1572,1575,1578,1581,1585,1599,1601,1604,1607,1610,1613,1616,1618,1621,1623,1658],[11,1361,1362],{},"大阪・中之島。堂島川と土佐堀川に挟まれた細長い島の、緑あふれる公園の一角に、弓なりに反った打ち放しコンクリートの建物が立っています。中に入ると、天井まで届く本棚が壁という壁を埋め尽くし、子どもたちが床に座り込んで本を開いています。ここは「こども本の森 中之島」。設計したのは、世界的建築家・安藤忠雄です。",[11,1364,1365],{},"驚くのは、この建物を安藤が自らの費用で建て、大阪市に寄贈したという事実です。プロボクサーから独学で身を立て、世界中に名建築を残してきた巨匠が、八十歳を前にして、子どもたちのための「本の森」を全国に増やし続けている。この特集では、安藤忠雄という建築家の歩みと思想をたどりながら、彼がなぜ本の空間にこれほど心を傾けるのかを、各地の写真とともに見ていきます。",[21,1367],{"caption":1368,"credit":1369,"href":1370,"src":1371},"こども本の森 中之島（2020年開館）。中之島公園に立つ、安藤忠雄設計の子どものための図書空間。","KishujiRapid \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Nakanoshima_Children%60s_Book_Forest.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fnakanoshima-bookforest-exterior-1.jpg",[28,1373,1375],{"id":1374},"拳から建築へ独学の建築家安藤忠雄","拳から建築へ——独学の建築家、安藤忠雄",[11,1377,1378],{},"安藤忠雄は1941年、大阪に生まれました。その経歴は、建築家としては異例づくしです。",[11,1380,1381],{},"高校生の頃、安藤はプロボクサーのライセンスを取得します。「グレート安藤」というリングネームで戦い、わずか一年半ほどでリングを去りました。経済的な事情から大学には進めず、建築は完全な独学で学びます。建築学科の学生が四年かけて学ぶ内容を、安藤は古本屋で買い集めた専門書を頼りに、独力で吸収していきました。",[42,1383,1384],{"id":1384},"ガンジス川のほとりで",[11,1386,1387],{},"二十代の半ば、安藤は貨客船と鉄道を乗り継いで、ヨーロッパ、アフリカ、アジアを放浪します。その旅で、近代建築の巨匠ル・コルビュジエの作品に直接触れ、強い衝撃を受けました。コルビュジエが操る光と影、そして打ち放しコンクリートの力強さは、のちの安藤建築の核になっていきます。インドのベナレス（ヴァラナシ）でガンジス川のほとりに座り込み、生と死が混在する光景を前に、自分の生き方を見つめ直したという挿話も、たびたび語られています。",[11,1389,1390],{},"1969年、安藤は大阪に「安藤忠雄建築研究所」を設立します。学歴も人脈もない一人の青年が、独学と旅で得たものだけを武器に、建築の世界へ飛び込んだのです。",[21,1392],{"caption":1393,"credit":1394,"href":1395,"src":1396},"建築家・安藤忠雄。プロボクサーから独学で世界的建築家へと歩んだ異色の経歴を持つ。","Christopher Schriner \u002F CC BY-SA 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Tadao_Ando_2004.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Ftadao-ando-portrait-1.jpg",[42,1398,1400],{"id":1399},"世界が認めた光の建築家","世界が認めた「光の建築家」",[11,1402,1403],{},"安藤の名を世界に知らしめたのは、コンクリートと光が織りなす一連の作品でした。",[11,1405,1406],{},"1976年の「住吉の長屋」は、間口の狭い都市住宅の真ん中に、屋根のない中庭を大胆に差し込んだ住宅です。雨の日は傘をさして部屋を移動しなければならない——その不便さを承知のうえで、住まいの中に「自然」を引き入れた。この作品で安藤は1979年に日本建築学会賞を受け、建築界に鮮烈な印象を残します。",[11,1408,1409],{},"1989年の「光の教会」（茨木）は、安藤建築の象徴と言える一作です。コンクリートの壁に十字形のスリットを切り、そこから差し込む光だけが、暗い礼拝堂に十字架を浮かび上がらせる。光そのものを建築の主役にしてみせたこの教会は、いまも世界中の建築を学ぶ人々の巡礼地になっています。",[21,1411],{"caption":1412,"credit":1413,"href":1414,"src":1415},"光の教会（茨木・1989年）。コンクリートの闇に、光だけで十字架を描き出す安藤建築の代表作。","antjeverena \u002F CC BY-SA 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Church_of_the_Light_exterior.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fchurch-of-the-light-exterior-1.jpg",[11,1417,1418],{},"そして1995年、安藤は建築界で最も権威ある賞とされるプリツカー賞を受賞します。1997年には英国王立建築家協会（RIBA）のゴールドメダルを受け、同じ年に東京大学教授に就任しました。独学の建築家が、世界の頂点と、最高学府の教壇の両方に立ったのです。",[11,1420,1421],{},"安藤建築の特徴は、いくつかの言葉でまとめられます。打ち放しコンクリートの精緻な肌。円・直線・三角形といった明快な幾何学。そして何より、自然光を劇的に取り込み、光と影で空間を彫刻すること。建物を地中に埋め、水や緑や空を建築の一部に取り込む——人工物でありながら、自然との対話を絶やさない。それが安藤の流儀です。",[11,1423,1424],{},"2006年には、表参道の緩やかな坂に沿ってスロープがらせん状に下りていく商業施設「表参道ヒルズ」を手がけ、都市の中での建築のあり方にも答えを示しました。",[21,1426],{"caption":1427,"credit":1428,"href":1429,"src":1430},"表参道ヒルズ（2006年）。表参道の勾配に合わせ、スロープ状の吹き抜けが内部を貫く。","Jean-Pierre Dalbéra \u002F CC BY 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:L%27int%C3%A9rieur_du_centre_commercial_Omotesando_Hills_(Tokyo,_Japon)_(41893745325).jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fomotesando-hills-interior-1.jpg",[28,1432,1434],{"id":1433},"なぜ本の森なのか後悔から生まれた贈り物","なぜ「本の森」なのか——後悔から生まれた贈り物",[11,1436,1437],{},"世界的な名声を得た安藤が、近年とりわけ力を注いでいるのが、子どものための図書空間「こども本の森」です。なぜ、本なのでしょうか。",[11,1439,1440],{},"その答えは、安藤自身の子ども時代にあります。安藤は、本を読んだり音楽を聴いたりという経験をほとんどしないまま育ったと振り返っています。だからこそ、大人になってから「もっと早く本に出合いたかった」と後悔した。夏目漱石を読んだとき、「これを十代で読んでいたら、もっと想像力の豊かな人間になれたのではないか」と感じたとも語っています。自分が得られなかったものを、次の世代の子どもたちには手渡したい——「こども本の森」は、その思いから生まれた贈り物なのです。",[11,1442,1443],{},"安藤が好んで掲げるモチーフに「青リンゴ」があります。これはサミュエル・ウルマンの詩「青春」に着想を得たもので、熟しきって落ちるのではなく、青いまま挑戦し続ける心の象徴です。中之島のこども本の森のエントランスにも、この青リンゴのオブジェが置かれています。子どもにも、そして大人にも、「いつまでも青く、挑み続けよ」と語りかけているかのようです。",[28,1445,1447],{"id":1446},"こども本の森-中之島壁一面が本になる2020年","こども本の森 中之島——壁一面が、本になる（2020年）",[11,1449,1450],{},"「こども本の森 中之島」は2020年7月にオープンしました。安藤が構想を発表したのは2017年。その第一弾が、安藤の地元・大阪の中之島に実現したのです。",[21,1452],{"caption":1453,"credit":1454,"href":1455,"src":1456},"こども本の森 中之島の正面。弓なりに反ったコンクリートの壁が、川沿いの公園に呼応する。","まぐろのふらい \u002F CC BY-SA 4.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%A3%AE_%E4%B8%AD%E4%B9%8B%E5%B3%B6(%E6%AD%A3%E9%9D%A2).jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fnakanoshima-bookforest-exterior-2.jpg",[42,1458,1460],{"id":1459},"本に包囲されるという体験","本に「包囲される」という体験",[11,1462,1463],{},"この建物の中に入った人がまず驚くのは、壁という壁が本で埋め尽くされていることです。床から天井まで、すべてが本棚。子どもは本に物理的に包囲され、見上げても見回しても、視界のすべてが本になります。",[11,1465,1466],{},"高い場所の本には手が届かないのでは、という心配は無用です。安藤は、上の段と下の段に同じ本を複数置くという工夫を凝らしました。高い棚の本は「眺めて憧れるためのもの」、低い棚の本は「実際に手に取るためのもの」。本に囲まれる感覚と、手の届く現実とを、巧みに両立させています。1階の奥には天井から光が差し込む空間があり、本の絵や言葉が映し出されます。読書という体験そのものを、建築でドラマに変えているのです。",[42,1468,1470],{"id":1469},"知の集まる島中之島","知の集まる島、中之島",[11,1472,1473],{},"立地もまた、意味を帯びています。中之島は、重要文化財の大阪府立中之島図書館や、大阪市中央公会堂といった歴史的な文化施設が集まる「知の島」です。そのただ中に子どものための本の森を置くことで、過去から受け継がれてきた知の集積に、未来を担う子どもたちを接続する。安藤の都市への眼差しが、ここにも表れています。",[21,1475],{"caption":1476,"credit":390,"href":1477,"src":1478},"同じ中之島に立つ大阪府立中之島図書館（重要文化財）。歴史的な知の集積地に、こども本の森が加わった。","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Facade_of_Osaka_Prefectural_Nakanoshima_Library.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fnakanoshima-library-exterior-1.jpg",[11,1480,1481],{},"運営面でも工夫があります。中之島の指定管理は、図書館流通センター（TRC）などの共同事業体が担い、選書はブックディレクターとして知られる幅允孝が監修しています。「子どもがどんな本と出会うか」という最も大切な部分に、本のプロの目が入っているのです。",[28,1483,1485],{"id":1484},"建てて贈るという方法論","「建てて、贈る」という方法論",[11,1487,1488],{},"こども本の森を語るうえで欠かせないのが、安藤独特の「寄贈」という方法論です。",[11,1490,1491],{},"ふつう、公共の図書施設は自治体が予算を組んで建てます。ところが安藤は、自ら設計し、建設費を私財で負担して建物を完成させ、それを自治体や大学に寄贈するのです。さらに、運営にかかる費用についても、安藤自身が旗振り役となって企業や個人から寄付を募ります。建築家が、設計図を描くだけでなく、お金を集め、社会の仕組みごとつくってしまう。これは、建築家の役割を大きく踏み越えた挑戦です。",[11,1493,1494],{},"安藤は、この「贈る」という行為を、本の森だけにとどめていません。東京湾のゴミの埋立地を森に変える「海の森」プロジェクトの旗振り役を務め、大阪では桜並木を増やす植樹運動を率い、瀬戸内では産業廃棄物で荒れた島々の自然を回復させる基金を立ち上げました。建築という枠を越えて、安藤は「次の世代に何を残すか」を問い続けています。こども本の森は、その大きな営みの、最も愛らしい結晶なのです。",[28,1496,1498],{"id":1497},"全国へ広がる本の森","全国へ広がる、本の森",[11,1500,1501],{},"第一弾の中之島は、決して一度きりの試みではありませんでした。安藤の本の森は、いまも全国へと広がり続けています。",[11,1503,1504],{},"遠野（岩手・2021年）は、第二弾として開館しました。かつて商家だった建物の梁や柱を一部に生かし、土地の記憶と本の森を結びつけています。",[11,1506,1507],{},"神戸（2022年）は、街なかの公園「東遊園地」に隣接して建てられました。最大で約二万五千冊を収め、本は十五ほどの大きなテーマで分類されています。震災を経験した街に、子どもたちが本と過ごせる新しい居場所が加わりました。",[21,1509],{"caption":1510,"credit":1369,"href":1511,"src":1512},"こども本の森 神戸（2022年開館）。街なかの公園に隣接し、約2万5千冊を収める。","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Kobe_Children%E2%80%99s_Book_Forest.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fkobe-bookforest-exterior-1.jpg",[11,1514,1515],{},"熊本（2024年）は、九州で初めての本の森です。県立図書館の隣に建ち、吹き抜けの大階段に沿って約一万冊が並びます。天井には熊本県産のヒノキが使われ、木の香りが空間を満たします。本を屋外の公園へ持ち出して、江津湖の水辺で読むこともできる。建築と自然と本とが、地続きにつながっています。",[11,1517,1518],{},"松山（2025年）は、既存の「坂の上の雲ミュージアム」に、子どものための図書空間を増築するかたちで生まれました。司馬遼太郎の小説にちなむ施設に本の森が加わるのは、後で触れる司馬遼太郎記念館とも響き合う符合です。",[11,1520,1521],{},"そして2026年夏には、北海道大学の構内に「こども本の森 札幌・北大」が開館を予定しています。大学のキャンパスに子どもの本の森が置かれるのは初めてで、本の森は「大学連携型」という新しい段階へと進もうとしています。さらに香川県では、安藤が寄贈した小型船を使い、瀬戸内の島々を巡る「こども図書館船」も動き出しました。離島の子どもたちのもとへ、本そのものが海を渡って会いに行く。本の森は、建物という形すら超えはじめているのです。",[11,1523,1524],{},"中之島から始まり、遠野、神戸、熊本、松山、そして札幌へ。本の森は、安藤が描く「次の世代への贈り物」が、確かに日本中へ根を張りつつあることを示しています。",[28,1526,1528],{"id":1527},"司馬遼太郎記念館闇に灯る本の壁2001年","司馬遼太郎記念館——闇に灯る、本の壁（2001年）",[11,1530,1531],{},"安藤と本の空間との関わりは、こども本の森より前にさかのぼります。その原点とも言えるのが、2001年に開館した司馬遼太郎記念館（東大阪）です。",[21,1533],{"caption":1534,"credit":1535,"href":1536,"src":1537},"司馬遼太郎記念館（2001年開館）。作家の自宅に隣接して建てられた、安藤忠雄設計の記念館。","PlusMinus \u002F CC BY-SA 3.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:ShibaRyotaroMemorialMuseum.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fshiba-memorial-exterior-1.jpg",[11,1539,1540],{},"作家・司馬遼太郎の自宅に隣接して建てられたこの記念館の中心には、高さおよそ十一メートル、三層吹き抜けの巨大な書架があります。そこに約二万冊の本が壁となって並ぶ光景は、訪れる人を圧倒します。司馬の膨大な蔵書に物理的に包み込まれる感覚は、後のこども本の森の「壁一面の本」へとつながる発想の源と言えるでしょう。",[11,1542,1543],{},"安藤はこの空間を、「蔵書で囲われて、闇に包み込まれたような、かすかな光の空間」として構想しました。入口から奥へ進むほど光を絞り、薄暗がりのなかに本の壁がそびえる。そこへステンドグラスの窓から一筋の光が差し込みます。安藤は、その光を「作家が作品に込めた未来への希望」になぞらえました。暗闇と、そこに灯る光。光の教会で見せた安藤の主題が、ここでは「本と作家」をめぐって繰り返されているのです。",[21,1545],{"caption":1546,"credit":1547,"href":1548,"src":1549},"司馬遼太郎記念館の館内。蔵書に囲まれた空間に、絞られた光が差し込む。","Yuki Yaginuma \u002F CC BY-SA 2.0 \u002F Wikimedia Commons","https:\u002F\u002Fcommons.wikimedia.org\u002Fwiki\u002FFile:Shiba_Ryotaro_Memorial_Museum_study_Nov_1%2C_2008.jpg","\u002Fimages\u002Farticles\u002Fando-kodomo\u002Fshiba-memorial-interior-1.jpg",[28,1551,1553],{"id":1552},"何がこれほど人を惹きつけるのか","何が、これほど人を惹きつけるのか",[11,1555,1556],{},"安藤がつくる本の空間には、ふつうの図書館とは違う、独特の引力があります。その正体を、いくつかに分けて考えてみます。",[11,1558,1559],{},"ひとつは、スケールがもたらす体験です。壁一面の本、十一メートルの書架。本に「囲まれる」のではなく「包囲される」その圧倒的な物量は、本という存在を頭で理解するのではなく、身体で感じさせます。とりわけ子どもにとって、自分の背丈の何倍もの本の壁は、世界の広さそのものに見えるはずです。",[11,1561,1562],{},"ふたつめは、光の演出です。円筒形のトップライトから降りそそぐ光、ステンドグラスから差す一筋の光、絞られた闇。安藤は読書という静かな行為を、光と影のドラマの中に置き直します。本を読むことが、空間を体験することと一体になる。これは打ち放しコンクリートと光を操ってきた安藤だからこそ描ける景色です。",[11,1564,1565],{},"みっつめは、本と自然、本と街とのつながりです。熊本では本を公園へ持ち出して水辺で読め、中之島では川と歴史的建築に囲まれ、図書館船では本が海を渡ります。本を閉じた室内に閉じ込めず、自然や街の中へ開いていく。「本のある暮らし」を、建築のスケールで提案しているのです。",[11,1567,1568],{},"そして根底にあるのは、子どもへのまなざしです。安藤は「幼い頃から本を読んで、豊かな感性や想像力を育んでほしい」「元気よく自由に世界へ羽ばたいてほしい」と繰り返します。本の森は、その願いを建築という形に翻訳したものにほかなりません。",[28,1570,1571],{"id":1571},"闘い続ける建築家",[11,1573,1574],{},"安藤忠雄は、二度のがんを患い、複数の臓器を失いながらも、世界中を駆け巡り、設計と講演と社会活動を続けています。八十歳を過ぎてなお、新しい本の森を構想し、寄付を募り、未来の子どもたちのために手を動かし続ける。その姿は、彼が掲げる「青リンゴ＝永遠の青春」そのものです。",[11,1576,1577],{},"拳ひとつから出発し、独学で世界の頂点に立った建築家は、いまその力のすべてを「次の世代に本と出会う場所を残す」ことに向けています。コンクリートと光でつくられた本の森は、訪れる子どもたちの記憶に、きっと一生消えない一冊との出会いを刻んでいくでしょう。",[11,1579,1580],{},"中之島の本の森の前に立つとき、私たちが見ているのは、一人の建築家の到達点であると同時に、未来へ手渡された一通の長い手紙なのです。",[28,1582,1584],{"id":1583},"こども本の森司馬遼太郎記念館の楽しみ方のヒント","こども本の森・司馬遼太郎記念館の楽しみ方のヒント",[543,1586,1587,1590,1593,1596],{},[546,1588,1589],{},"こども本の森は基本的に入館無料で、子どもから大人まで利用できます。館によっては事前予約制の場合があるため、訪問前に各館の公式サイトで予約の要否をご確認ください。",[546,1591,1592],{},"建築としても見ごたえがあります。壁一面の本棚や光の取り込み方など、安藤建築ならではの空間をじっくり味わうのがおすすめです。",[546,1594,1595],{},"司馬遼太郎記念館は有料の文化施設です。高さ約11メートルの大書架は必見ですが、館内の撮影ルールは事前に確認しておくと安心です。",[546,1597,1598],{},"いずれの施設も、子どもが本と過ごす空間です。静けさや他の利用者への配慮を大切に、ゆっくり過ごしてください。",[28,1600,560],{"id":560},[11,1602,1603],{},"Q. 安藤忠雄とはどんな建築家ですか？\nA. 1941年大阪生まれの建築家です。プロボクサーを経て、大学に通わず独学で建築を学びました。打ち放しコンクリートと自然光を生かした作品で知られ、「光の教会」「住吉の長屋」「地中美術館」などを手がけています。1995年に建築界で最も権威あるプリツカー賞を受賞しました。",[11,1605,1606],{},"Q. 「こども本の森」とは何ですか？どこにありますか？\nA. 安藤忠雄が設計し、建設費を私費で負担して自治体などに寄贈している、子どものための図書空間です。2020年の中之島（大阪）を皮切りに、遠野（岩手・2021年）、神戸（2022年）、熊本（2024年）、松山（2025年）と各地に広がっています。2026年夏には北海道大学構内（札幌）の開館も予定されています。",[11,1608,1609],{},"Q. こども本の森や司馬遼太郎記念館は誰でも入れますか？無料ですか？\nA. こども本の森は基本的に入館無料で、子どもから大人まで利用できます（館により事前予約制の場合があります）。司馬遼太郎記念館は有料の文化施設です。いずれも開館日・予約の要否・撮影可否は館ごとに異なるため、訪問前に各館の公式サイトでご確認ください。",[11,1611,1612],{},"Q. 司馬遼太郎記念館の大書架はどのくらいの高さですか？\nA. 安藤忠雄が設計した記念館（2001年開館）の中心にある壁一面の大書架は、高さおよそ11メートル・3層吹き抜けで、約2万冊の本が並びます。蔵書に囲まれた薄暗い空間に光が差し込む、安藤らしい「闇と光」の構成になっています。",[11,1614,1615],{},"Q. なぜ安藤忠雄は子どものための図書館をつくっているのですか？\nA. 安藤自身が子どもの頃に本に親しむ機会がほとんどなく、「もっと早く本に出合いたかった」と後悔したことが原点だと語っています。自分が得られなかった「本との出会い」を次の世代に手渡したいという思いから、私財を投じて各地に「こども本の森」を建て、寄贈しています。",[28,1617,579],{"id":578},[11,1619,1620],{},"本記事は、安藤忠雄および各施設・自治体・運営団体の公開情報、新聞・雑誌・ウェブメディア等の公表資料、各館の公式サイトなどを参照し、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。開館年・蔵書数などの数字は資料・時点によって幅がある場合があるため、本文では「およそ」「約」といった表現で扱っています。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像（各写真にクレジットを明記）を利用しています。こども本の森および司馬遼太郎記念館の館内写真は公開画像が限られるため、外観や関連施設の写真を中心に構成しています。最新の開館状況・予約の要否・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。",[28,1622,585],{"id":585},[543,1624,1625,1632,1636,1643],{},[546,1626,1627,1628,612,1630,604],{},"建築家別の図書館特集は ",[592,1629,611],{"href":610},[592,1631,616],{"href":615},[546,1633,599,1634,1273],{},[592,1635,603],{"href":602},[546,1637,1638,1639,1642],{},"本屋を再発明し続ける企業の物語は ",[592,1640,1641],{"href":709},"蔦屋書店はなぜ「居たくなる」のか"," で扱っています。",[546,1644,1645,1647,1648,612,1650,612,1654,1291],{},[592,1646,1297],{"href":1296},"・各エリアは ",[592,1649,958],{"href":957},[592,1651,1653],{"href":1652},"\u002Fhyogo","兵庫県",[592,1655,1657],{"href":1656},"\u002Fkumamoto","熊本県",[11,1659,1660],{},[632,1661,1662],{},"開館状況・営業時間・予約の要否などは変更される場合があります。来館前に各施設の公式サイトで最新情報をご確認ください。",{"title":636,"searchDepth":637,"depth":637,"links":1664},[1665,1669,1670,1674,1675,1676,1677,1678,1679,1680,1681,1682],{"id":1374,"depth":637,"text":1375,"children":1666},[1667,1668],{"id":1384,"depth":642,"text":1384},{"id":1399,"depth":642,"text":1400},{"id":1433,"depth":637,"text":1434},{"id":1446,"depth":637,"text":1447,"children":1671},[1672,1673],{"id":1459,"depth":642,"text":1460},{"id":1469,"depth":642,"text":1470},{"id":1484,"depth":637,"text":1485},{"id":1497,"depth":637,"text":1498},{"id":1527,"depth":637,"text":1528},{"id":1552,"depth":637,"text":1553},{"id":1571,"depth":637,"text":1571},{"id":1583,"depth":637,"text":1584},{"id":560,"depth":637,"text":560},{"id":578,"depth":637,"text":579},{"id":585,"depth":637,"text":585},"2026-06-07","プロボクサーから独学で世界的建築家になった安藤忠雄。打ち放しコンクリートと光で知られる巨匠は、いま私財を投じて「こども本の森」を各地に建て、自治体へ寄贈しています。中之島・神戸・熊本・松山へと広がる本の森と、約11mの大書架を持つ司馬遼太郎記念館。安藤がなぜ本の空間にこだわるのか、その建築と思想を写真とともに深掘りします。",[1686,1689,1692,1695],{"q":1687,"a":1688},"安藤忠雄とはどんな建築家ですか？","1941年大阪生まれの建築家です。プロボクサーを経て、大学に通わず独学で建築を学びました。打ち放しコンクリートと自然光を生かした作品で知られ、「光の教会」「住吉の長屋」「地中美術館」などを手がけています。1995年に建築界で最も権威あるプリツカー賞を受賞しました。",{"q":1690,"a":1691},"「こども本の森」とは何ですか？どこにありますか？","安藤忠雄が設計し、建設費を私費で負担して自治体などに寄贈している、子どものための図書空間です。2020年の中之島（大阪）を皮切りに、遠野（岩手・2021年）、神戸（2022年）、熊本（2024年）、松山（2025年）と各地に広がっています。2026年夏には北海道大学構内（札幌）の開館も予定されています。",{"q":1693,"a":1694},"こども本の森や司馬遼太郎記念館は誰でも入れますか？無料ですか？","こども本の森は基本的に入館無料で、子どもから大人まで利用できます（館により事前予約制の場合があります）。司馬遼太郎記念館は有料の文化施設です。いずれも開館日・予約の要否・撮影可否は館ごとに異なるため、訪問前に各館の公式サイトでご確認ください。",{"q":1696,"a":1697},"司馬遼太郎記念館の大書架はどのくらいの高さですか？","安藤忠雄が設計した記念館（2001年開館）の中心にある壁一面の大書架は、高さおよそ11メートル・3層吹き抜けで、約2万冊の本が並びます。蔵書に囲まれた薄暗い空間に光が差し込む、安藤らしい「闇と光」の構成になっています。",[],{},"\u002Farticles\u002Farchitect-tadao-ando-libraries",[1296],{"title":1357,"description":1684},"architect-tadao-ando-libraries",[1705,1708,1711,1714,1717,1720],{"name":1706,"url":1707},"安藤忠雄 — Wikipedia","https:\u002F\u002Fja.wikipedia.org\u002Fwiki\u002F%E5%AE%89%E8%97%A4%E5%BF%A0%E9%9B%84",{"name":1709,"url":1710},"こども本の森 中之島（公式・施設について）","https:\u002F\u002Fkodomohonnomori.osaka\u002Fabout\u002F",{"name":1712,"url":1713},"安藤忠雄インタビュー「こども本の森に込めたメッセージ」（GOETHE）","https:\u002F\u002Fgoetheweb.jp\u002Fperson\u002Farticle\u002F20221028-2face-tadao-ando-1",{"name":1715,"url":1716},"こども本の森 神戸（公式）","https:\u002F\u002Fkodomohonnomori-kobe.jp\u002Fabout",{"name":1718,"url":1719},"司馬遼太郎記念館（公式）","https:\u002F\u002Fwww.shibazaidan.or.jp\u002Fabout\u002F",{"name":1721,"url":1722},"Tadao Ando — The Pritzker Architecture Prize 1995","https:\u002F\u002Fwww.pritzkerprize.com\u002Flaureates\u002F1995","articles\u002Farchitect-tadao-ando-libraries",[1725,1726,1727,1350,744,1351,1728,745],"安藤忠雄","こども本の森","司馬遼太郎記念館","打ち放しコンクリート","wooW_4vVrNUPNOu4IDzTwHXDj3gMxFkXGEXXx_NMhUU",1781280139556]