公認会計士試験は、この20年でジェットコースターのような道のりをたどってきました。合格者を一気に増やした「大量合格」の時代、合格しても就職できない「待機合格者」の時代、そして人手不足を背景にした「V字回復」の時代。同じ試験の数字とは思えないほど、風景が変わっています。
けれど、その揺れは試験単体の事情で起きたわけではありません。背景には、日本の会計制度が根底から作り替えられた「会計ビッグバン」、世間を揺るがした数々の不正会計事件、そして4大監査法人の一角が消えるという激震がありました。この記事では、公認会計士・監査審査会の公的統計をグラフで追いながら、「なぜこんなに揺れたのか」「それは今のあなたが受ける試験にどうつながっているのか」を解き明かします。「資格試験の歴史的推移と現在地」シリーズの一編です(司法試験編もどうぞ)。
この記事の要点
- 2000年前後の「会計ビッグバン」で企業会計が一気に複雑化し、監査の重要性が跳ね上がった
- 山一證券・カネボウ・ライブドア・オリンパス・東芝など不正会計事件が相次ぎ、会計士は社会の「主役」になった
- 国は2002年に「2018年ごろまでに会計士5万人」「年間合格者2,000〜3,000人」という大増員計画を立てた
- 2006年に試験を刷新し受験資格を撤廃、合格者は2005年の1,308人から2007年の4,041人へ約3倍に
- だがリーマンショックで就職難となり「待機合格者問題」が発生。合格者は絞り込まれ、願書も激減した
- 2016年以降は人手不足でV字回復。願書の伸びに合格者数が追いつかず、合格率は7%台に
- 計画は5万人に届かなかったが、会計士の活躍の場はFASやインハウスへと大きく広がった
なぜ「会計士を5万人に」だったのか — 会計ビッグバンという地殻変動
物語の本当の出発点は、試験制度ではなく、日本の「会計そのもの」の大改革にあります。
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の企業会計のルールは根底から作り替えられました。これが「会計ビッグバン」です。バブル崩壊で企業の本当の財務状況が見えにくくなったこと、そしてグローバル化のなかで「世界に通用する財務諸表」が求められたことが、その背景にありました。
このとき導入された主な仕組みを並べると、改革の大きさがわかります。
- 連結決算中心主義(個別企業ではなく、子会社まで含めたグループ全体で業績を見る)
- 金融商品の時価会計(保有する株式などを取得時の価格ではなく時価で評価する)
- 税効果会計、退職給付会計、キャッシュ・フロー計算書、減損会計
いずれも、企業の財務をより実態に近づけるための改革です。しかし、ルールが精緻になればなるほど、その数字が正しいかをチェックする「監査」の役割は重くなります。連結の範囲は適切か、時価評価は妥当か、隠れた損失はないか——会計士が見るべきものは一気に増えました。「会計のプロをもっと増やさなければ、複雑化する経済を支えきれない」。国がそう考えた土台には、この地殻変動があったのです。
不正会計が、会計士を「主役」にした
会計士の重要性を、理屈ではなく「事件」として社会に焼きつけたのが、この時期に相次いだ不正会計です。
口火を切ったのは1997年の山一證券。簿外債務、いわゆる「飛ばし」で隠された借金は約2,600億円にのぼり、同社は自主廃業に追い込まれました。「社員は悪くありませんから」と涙ながらに語った社長の会見を記憶している方も多いでしょう。
決定打となったのが、2005年に発覚したカネボウの粉飾決算です。化粧品で知られた名門企業が、約1,900億円の債務超過を約9億円の資産超過に「お化粧」していました。そして問題は、それを見抜くべき監査人にも及びます。監査を担当していた中央青山監査法人の会計士が、債務超過を認識しながら適正意見を出していたとして逮捕されたのです。
この事件は、業界の地図そのものを書き換えました。中央青山監査法人は2006年に金融庁から業務停止処分を受けます。4大監査法人が処分されるのは前代未聞でした。同法人は「みすず監査法人」と名を変えて再起を図りますが、顧客離れが止まらず、2007年に解散。所属していた会計士たちは他の大手や、新設の「あらた監査法人」(現在のPwC Japanの前身)へと散っていきました。こうして、かつて5つあった日本の大手監査法人は4つになり、現在の四大監査法人(世界のBig4の日本メンバーファーム)体制が固まったのです。「日本の4大監査法人は、もともと5大だった」——これは意外と知られていない事実です。
その後も、堀江貴文社長らが逮捕されたライブドア事件(2006年)、1,000億円を超える含み損を10年以上も「飛ばし」で隠し続け、英国人社長の解任をきっかけに発覚したオリンパス事件(2011年)、「チャレンジ」という社内用語のもとで利益を約2,248億円も水増ししていた東芝の不正会計(2015年)と、企業会計を揺るがす事件は続きました。これらの事件は、そのたびに「監査とは何か」「会計士は何をチェックすべきか」を社会に問い直し、会計士という職業の存在感を高めていったのです。
「点」を一気に開いた、2006年の新試験
会計ビッグバンと不正会計。この2つを背景に、国は会計士の大増員に踏み切ります。2002年12月、金融審議会は「2018年ごろまでに公認会計士を5万人程度に」「年間の試験合格者を2,000〜3,000人に」という、当時としては野心的な数値目標を掲げました。
これを実現する装置が、2006年に始まった新しい公認会計士試験でした。それまで三段階だった試験を、短答式(マークシート)と論文式の二段階に再設計し、年齢・性別・学歴の受験資格をすべて撤廃。社会人を含む誰もが挑戦でき、合格者を一気に増やせる仕組みに作り替えたのです。
追い風もありました。2006年に成立した金融商品取引法によって、上場企業に「財務報告に係る内部統制」の評価と会計士による監査を義務づける制度(通称J-SOX)が、2008年4月以降に始まる事業年度から導入されます。財務諸表の監査に加えて「内部統制監査」という新しい仕事が上場企業すべてに発生し、監査の現場はますます人手を必要としました。会計士を増やす理由は、いくらでもあるように見えたのです。
ここから現在までの制度の動きを、まず年表で俯瞰してみましょう。
- 2002
「会計士5万人」構想
金融審議会が「2018年ごろまでに公認会計士を5万人程度」「年間合格者を2,000〜3,000人」とする目標を提示した。
- 2006
新・公認会計士試験 スタート
受験資格を撤廃し、短答式+論文式の新方式へ移行。合格者を一気に増やす方針が動き出す。
- 2007
合格者4,041人のピーク
合格基準を引き下げ、合格者数が過去最多に。会計士の大量供給時代を迎えた。
- 2008
待機合格者問題
リーマンショック後の景気後退で監査法人の採用が激減。合格しても就職先が見つからない「待機合格者」が社会問題化した。
- 2015
合格者1,051人・願書1万人で底
合格者の絞り込みと受験者の会計士離れが重なり、願書提出者は2010年の25,648人から10,180人へ激減した。
- 2016
反転、9年連続の願書増へ
深刻な人手不足と待遇改善を背景に、受験者数が回復に転じる。
- 2025
現在地:売り手市場
願書22,056人・合格1,636人・合格率7.4%。志願者の伸びに合格者が追いつかず、合格率は低水準が続いている。
大量合格と、その反動
計画は、最初こそ勢いよく回りました。下のグラフで合格者数(薄い棒)の動きを見てください。旧制度最後の2005年は1,308人でしたが、新制度に移った2006年は3,108人、2007年は4,041人へ。合格基準を引き下げてまで合格者を増やした、文字どおりの「大量合格」時代です。わずか2年で合格者が約3倍になったわけです。
公認会計士試験 願書提出者数・合格者数と合格率の推移(2006〜2025)
- 願書提出者数
- 合格者数
- 合格率(%・対願書)
ところが、増やした合格者の受け皿が用意できていませんでした。2008年のリーマンショックで監査法人の採用が急減し、試験に合格しても就職できない人が続出します。これが「待機合格者問題」です。
その深刻さは数字に表れています。たとえば2010年の合格者1,923人のうち、約700人が翌2011年春の時点でも求職活動を続けていました。難関を突破して資格を得たのに、実務経験を積む場所がない。会計士になるには監査法人などでの業務補助が必要なため、就職できなければキャリアの第一歩すら踏み出せません。理想に燃えて門戸を開いた制度が、その出口で若者を立ち往生させてしまったのです。
金融庁からも「合格者数は抑制的に運用することが望ましい」との要請が出され、国と業界は合格者の絞り込みへと舵を切ります。合格者数は2007年の4,041人から、2011年1,511人、2012年1,347人、そして2015年には1,051人へと、ピークの4分の1近くまで落ち込みました。さらに深刻だったのが受験者離れです。願書提出者数(濃い棒)は2010年の25,648人をピークに、2015年には10,180人へと半分以下に激減しました。「会計士は割に合わない」という空気が、志望者を遠ざけたのです。
V字回復と、低いままの合格率
底を打った2015年から、グラフは再び上を向きます。皮肉なことに、回復のきっかけは人手不足でした。監査の厳格化や企業の会計ニーズの高まりで会計人材が不足し、待遇が改善。「会計士はおいしい」という評価が戻り、願書提出者数は2016年から9年連続で増加し、2025年には22,056人とピーク水準近くまで戻りました。
ここで注目したいのが合格率(赤い折れ線)の動きです。願書が急回復する一方で、合格者数は年1,100〜1,600人程度に抑えられたまま。分母(願書)が急増し分子(合格者)がゆるやかにしか増えないため、合格率は2015年の10.3%から2025年の7.4%へと、むしろ下がっています。
ここに、合格率という数字の落とし穴があります。司法試験では「受験者が減って合格率が上がった」のに対し、公認会計士試験では「志願者が増えて合格率が下がった」。どちらも難易度そのものの変化というより、母集団の増減が見かけの合格率を動かしているのです。合格率の上下だけを見て「難しくなった/易しくなった」と早合点しないことが、この種のデータを読むコツです。
この20年が残したもの — 監査法人だけではない会計士
では、あの壮大な「5万人計画」はどうなったのでしょうか。2024年時点の公認会計士の登録者は約3万6,700人。準会員を含めても4万人台で、2018年に5万人という当初目標には届きませんでした。数値目標としては、未達のまま現在に至っています。
しかし、「会計士の活躍の場を広げる」という改革のもう一つの狙いは、確かに実現しました。かつて会計士の進路といえば監査法人がほぼ唯一の選択肢でしたが、いまはまるで違います。M&Aや事業再編を助言するFAS(ファイナンシャル・アドバイザリー)、コンサルティング、IPO支援、そして事業会社のなかで財務戦略を担うインハウス会計士やCFOへと、キャリアは大きく枝分かれしました。国際財務報告基準(IFRS)を任意適用する企業も増え続け、2024年には適用・適用予定が284社に達しています。会計士に求められる専門性は、監査の枠を超えて広がっているのです。
2024年には、上場企業の第1・第3四半期報告書が廃止されて四半期の開示が決算短信に一本化され(第2四半期は半期報告書に移行)、開示のかたちが見直されるという制度変更もありました。会計士を取り巻くルールは、いまも動き続けています。20年の推移をひとことでまとめれば、公認会計士試験は「国の政策と景気に強く揺さぶられる試験」でした。合格者数は国の方針で増減し、受験者数は会計士という職業の魅力と連動して波打つ。いま志願者が戻っているのは、会計人材の価値が改めて見直されている証拠でもあります。
現在地:売り手市場のなかの難関
2025年の公認会計士試験は、願書22,056人・合格1,636人・合格率7.4%。就職環境はかつての待機合格者時代とは様変わりし、合格すれば引く手あまたの売り手市場です。それでも合格率は7%台で、短答式・論文式の二つの関門を越えるには3,000〜5,000時間規模の学習が必要とされる、まぎれもない難関であり続けています。歴史を知れば、この「7%」が単なる難易度ではなく、増えた志願者と絞られた合格者のせめぎ合いの結果であることが見えてきます。
短答式・論文式 — 二つの関門
公認会計士試験がなぜこれほどの難関なのか。その答えは、試験の構造そのものにもあります。
試験はまず、財務会計論・管理会計論・監査論・企業法の4科目をマークシートで問う「短答式」から始まります。これを突破した人だけが、会計学・監査論・企業法・租税法に選択科目を加えた「論文式」へ進めます。短答式は年に2回(12月と5月)受けるチャンスがあり、合格すればその資格は一定期間有効になりますが、最終関門の論文式は年に1回だけ。短答で理論と計算の基礎を高速で正確にさばく力を、論文で筋道立てて論述する力を、それぞれ別の形で試される——この二段構えが、合格までの道のりを長くしています。
合格までに3,000〜5,000時間とされる学習量の大半は、この二つの関門を越えるための計算演習と答案練習の繰り返しに費やされます。とりわけ簿記や財務会計論の計算は、毎日手を動かして「体に覚えさせる」性質のもの。一日休めば勘が鈍る、と言われるほどです。だからこそ、思い立ったときに腰を据えて長時間こもれる学習環境が、合否をじわりと左右します。
合格してからも、最初に多くの人が身を置く監査法人の現場は、決算期に業務が集中する繁忙期の忙しさで知られてきました。近年は働き方改革も進んでいますが、「会計士は激務」というイメージの一部は、この繁忙期の実像から来ています。学習段階から、長時間集中する習慣と環境を整えておくことは、合格後のキャリアにもつながっていくのです。
これから目指す人へ — 環境が長期戦を左右する
数字がどう揺れても、合格に必要なものは変わりません。短答式と論文式を突破するための、長期にわたる安定した学習量です。とりわけ計算科目は毎日手を動かし続ける必要があり、学習のリズムを崩さない環境づくりが合否を分けます。
図書館やカフェを転々とするより、決まった席で長時間集中できる自習室やコワーキングスペースを「勉強の拠点」として確保している受験生は多いです。具体的には次のような条件が効いてきます。
- 電卓を叩き、答案・テキストを広げられる広めの机
- 視線と音を遮れる個室・半個室タイプの自習室
- 朝・夜の可処分時間を使える24時間営業の自習室
- 教材を置けるロッカー
大手予備校や監査法人が集中する東京都や大阪府では、こうした条件をそろえた施設の選択肢も豊富です。自分の生活スタイルに合わせて、本サイトで条件を絞り込んで探せます。
よくある質問
公認会計士試験の合格率が7%台と低いのはなぜですか?
難易度が急に上がったというより、願書提出者数が9年連続で増えて分母が膨らんだためです。合格者数は2015年の1,051人から2025年の1,636人へ増えていますが、願書が約1万人から2万2千人へ倍以上に増えたため、対願書の合格率は7%台に下がっています。
なぜ国は公認会計士を大幅に増やそうとしたのですか?
2000年前後の「会計ビッグバン」で連結決算や時価会計が導入され、企業会計が一気に複雑化したこと、そして山一證券やカネボウなど不正会計事件が相次ぎ、監査の信頼が問われたことが背景にあります。国は2002年に「2018年ごろまでに会計士を5万人に」「年間合格者2,000〜3,000人」という目標を掲げ、2006年に試験を刷新して受験資格を撤廃しました。
なぜ2007年は合格者が4,000人を超えたのですか?
5万人計画のもと、合格基準を引き下げて合格者を大幅に増やした時期だからです。旧制度最後の2005年は1,308人でしたが、2007年は4,041人と約3倍に。しかしその後リーマンショックで就職難となり、合格者は絞り込みに転じました。
「待機合格者問題」とは何ですか?
試験に合格しても監査法人などに就職できず、実務経験を積めない人が大量に生じた問題です。2008年のリーマンショック後に深刻化し、たとえば2010年の合格者1,923人のうち約700人が翌春の時点で求職活動中という事態になりました。これが合格者数の抑制につながりました。
4大監査法人(Big4)はもともと5つだったのですか?
はい。かつては中央青山監査法人を含む4大体制でしたが、中央青山がカネボウの粉飾決算事件を受けて2006年に業務停止処分を受け、「みすず監査法人」へ改称したものの2007年に解散しました。所属していた会計士は他の大手や新設の監査法人へ移り、日本の四大監査法人(EY新日本・トーマツ・あずさ・PwC Japan)体制が固まりました。
公認会計士試験は今は受かりやすいのですか?
合格者数は増加傾向で売り手市場ですが、合格率は7%台と低く、依然として難関です。短答式と論文式の2段階があり、合格までに3,000〜5,000時間規模の学習が必要とされます。
公認会計士の勉強はどんな環境が向いていますか?
長期かつ毎日の学習が前提になるため、決まった席で長時間集中できる自習室やコワーキングスペースを確保する受験生が多いです。
調査方法・データについて
- 願書提出者数・合格者数・合格率は、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)の各年の合格発表および「合格者調」をもとに集計しました。合格率は対願書提出者です。
- 制度の背景(会計ビッグバン、5万人計画、J-SOX、待機合格者問題、監査法人の再編、登録者数やIFRS適用の動向など)は、金融庁・日本公認会計士協会などの公表資料や、各不正会計事件の公開情報をもとに整理しました。不正会計の金額などは報道・公的資料に基づく概数で、算定の前提により数値が異なる場合があります。
- 数値は公的資料を中心に複数ソースでクロスチェックし、合格者数と合格率の内部整合を確認しています。
- 本記事のグラフは、上記の公的統計を当サイトが図表化したものです。
- データ取得・確認日: 2026年6月6日。最新年の数値は今後の発表により更新される場合があります。
このシリーズでは、司法試験に続き、税理士・司法書士・行政書士の歩みと現在地も同じ手法で追っています。