「宅建って、昔はもっと簡単だったんでしょう?」——資格の話題になると、しばしばそう言われます。たしかに、ベテランの不動産営業マンのなかには「数週間の勉強で受かった」と語る人がいます。一方で、いま受験する人の多くは半年から1年かけて準備し、それでも5人に4人が落ちていきます。

同じ「宅建」という言葉で呼ばれていても、その中身は半世紀のあいだに静かに、しかし確実に変わってきました。決定的だったのは、2015年に資格の名前そのものが変わったことです。長く親しまれた「宅地建物取引主任者」が、その年から「宅地建物取引士」になりました。たかが名前、されど名前。この改称の裏には、不動産取引をめぐる社会の変化と、資格制度の半世紀の歩みが折りたたまれています。

この特集では、宅建という資格が「昔より難しくなった」と言われる背景を、制度の歴史と試験データの両面からたどります。1952年に法律が生まれた理由から説き起こし、取引員・主任者の時代、バブル期の熱狂、2015年の士業化、そして「合格点が毎年動く」相対評価の仕組みまで。読み終えたとき、宅建が単なる暗記試験ではなく、時代を映してきた資格であることが見えてくるはずです。

名前が変わった日

2015年(平成27年)4月1日。この日から、それまで「宅地建物取引主任者」と呼ばれてきた国家資格は、「宅地建物取引士」という名前になりました。略称も「取主(とりぬし)」から「宅建士」へと移りました。

名称変更の根拠は、前年に成立した改正宅地建物取引業法です。2014年(平成26年)6月25日に公布され、翌2015年4月1日から施行されました。条文上の「取引主任者」という語が、いっせいに「取引士」へと書き換えられました。

「主任者」と「士」。日本語として並べてみると、その重みの違いがよくわかります。「主任者」は、組織のなかで一定の役割を担う担当者というニュアンスが強い言葉です。対して「士」は、弁護士・税理士・建築士・社会保険労務士のように、専門知識をもって独立して職責を果たす専門職を指す接尾語です。資格の世界では、この一文字が背負うものは大きいのです。

なぜ「士」へと格上げされたのでしょうか。そして、名前が変わったことで試験はどうなったのでしょうか。その問いに答えるには、まず「そもそもこの資格はなぜ生まれたのか」というところまで、時間をさかのぼる必要があります。

1952年、法律が生まれた理由

宅地建物取引業法(宅建業法)が制定されたのは、1952年(昭和27年)のことです。6月10日に公布され、8月1日に施行されました。議員立法、つまり政府ではなく国会議員の提案によって生まれた法律でした。

なぜこの時期だったのでしょうか。背景にあるのは、戦後日本の深刻な住宅難です。空襲で多くの都市が焼け、復員兵や引揚者が帰還して人口が急増しました。住む場所も、商売をする土地も、決定的に足りませんでした。土地と建物をめぐる取引は爆発的に増えました。

ところが当時、不動産取引にはほとんど規制がありませんでした。専門知識も経験も乏しい業者が次々と現れ、なかには悪質な者もいました。手付金を受け取ったまま物件を引き渡さない手付金詐欺、ひとつの土地を複数の客に売りつける二重売買——こうしたトラブルが社会問題化していました。一生に一度あるかないかの大きな買い物で、素人である消費者が食い物にされる。その状況を放置できないという危機感が、法律を生んだのです。

「取引の安全」という発想

宅建業法の根っこにある思想は、ひとことで言えば「取引の安全を守る」ことです。不動産は高額で、しかも専門的です。売り手と買い手のあいだには、知識の大きな差があります。プロである業者は物件の欠点も法的なリスクも知っていますが、一般の消費者は知りません。この情報の非対称性を放置すれば、弱い立場の消費者が損をします。

そこで法律は、不動産業を営むには免許を要することとし、業者に一定のルールを課しました。そして取引のなかでもとりわけ重要な場面では、専門知識を持った人間が責任をもって関与しなければならない、という仕組みを少しずつ整えていきます。その「専門知識を持った人間」を資格として制度化したものが、のちの取引主任者であり、いまの取引士なのです。

制定当初の規制は、現在から見ればまだ緩いものでした。業を営むには届け出や登録をすればよく、人の資格についての定めも限られていました。だが1950年代から60年代にかけて、宅建業法は改正を重ね、届出・登録による緩い規制から、知事や大臣の免許を要する免許制へと段階的に強化されていきます。資格制度が本格的に立ち上がるのも、この流れのなかでのことでした。

「取引員」から「主任者」へ

不動産取引の専門家を資格として位置づける制度は、1957年(昭和32年)の改正で形になりました。このとき設けられたのが「宅地建物取引員」という資格です。そして翌1958年(昭和33年)、試験を経た最初の取引員が誕生しました。これが、現在の宅建士へとつながる資格の出発点です。

当初の名は「取引員」。「員」は、組織を構成する一員というニュアンスを持ちます。まだ「士」どころか「主任者」でもありませんでした。資格はあくまで、業者のなかで取引を担う担当者の能力を担保するためのものでした。

転機は1964年(昭和39年)の改正です。このとき「宅地建物取引員」は「宅地建物取引主任者」へと名を改めました(施行は翌1965年)。「員」から「主任者」へ。組織の一員という位置づけから、取引の場面で主たる任にあたる者へと、呼び名がひとつ格上げされました。以後、半世紀にわたって人々に親しまれる「主任者」という呼称が、ここに定着します。

高度成長が資格を育てた

1960年代から70年代にかけて、日本は高度経済成長の只中にありました。都市へ人口が流れ込み、団地やマンションが次々と建ち、持ち家志向が広がっていきます。不動産取引は量・質ともにふくらみ、それを担う業者の数も急増しました。

業者が増えれば、玉石混淆になります。消費者保護の必要性はいよいよ高まり、取引主任者に求められる役割も重くなっていきました。資格は、単なる「持っていると有利な肩書き」から、不動産取引の現場で欠かせない機能へと育っていきます。

この時期に重要なのが、事務所ごとに一定数の専任の主任者を置かなければならないという設置義務です。現在の制度では、宅建業者は事務所において、業務に従事する者おおむね5人に1人以上の割合で、成年者である専任の取引士を置くことが義務づけられています。いわゆる「5人に1人」ルールです。

この設置義務こそ、宅建という資格に安定した需要を生み続けてきた仕組みです。業者が事業を続け、店舗を増やすかぎり、有資格者が一定数必要になります。だからこそ宅建は、景気の波を受けながらも、毎年大量の受験者を集める「不動産業界の必須資格」であり続けてきました。

試験を担う組織の整備

試験制度そのものも整えられていきます。1988年(昭和63年)には、一般財団法人 不動産適正取引推進機構(RETIO)が、国土交通大臣の指定する指定試験機関として、都道府県知事の委任を受けて試験を実施する体制が整いました。受験者数が全国規模にふくらむなかで、試験の実施・採点・統計を一手に担う専門機関が必要になったのです。現在も宅建試験の公式統計は、この機構が毎年公表しています。

独占業務という心臓部

宅建という資格の価値を理解するうえで、避けて通れないのが「独占業務」です。資格を持つ者だけが行える業務があるからこそ、その資格には意味があります。宅建士(かつての主任者)には、大きく3つの独占業務があります。

  1. 重要事項の説明
  2. 重要事項説明書(いわゆる35条書面)への記名
  3. 契約書面(いわゆる37条書面)への記名

なかでも中心にあるのが、重要事項の説明です。不動産取引では、契約が成立する前に、物件や取引条件についての重要な事項を、買い手や借り手に対してきちんと説明しなければなりません。物件の権利関係、法令上の制限、インフラの状況、契約解除の条件——専門的で、しかし消費者の利害に直結する情報の数々です。

この説明は、誰がやってもよいわけではありません。資格を持つ者が、自らの責任において行わなければなりません。素人どうしの口約束で高額な取引が進んでしまわないよう、専門家が間に立って情報の非対称を埋めます。法律が生まれたときの「取引の安全」という思想が、ここに具体的なかたちをとっています。

つまり宅建という資格は、単なる知識の証明ではありません。取引の最も重要な局面に、法的責任をもって関与する役割そのものなのです。この役割の重さが、のちの「士」への格上げの伏線になります。担当者というより、専門家としての責務を負う存在——その実態に、名前のほうが追いついていくことになります。

バブルと大衆化、そして受験者42万人

資格としての宅建が、一気に「国民的な試験」になったのは、1980年代後半から1990年代初頭にかけてのバブル経済期でした。地価が高騰し、不動産取引は熱狂的な活況を呈しました。業者は増え、人手を求め、宅建主任者の需要はかつてないほどふくらみました。

その熱は、受験者数にはっきりと表れています。ピークとなった1990年(平成2年)には、申込者数は約42万人にのぼりました。受験者数も約34万人を超え、合格者は約4万4千人を数えました。この34万人という受験者数は、近年をはるかに上回る歴代のピークです。「不動産で食べていくなら、とりあえず宅建」——そんな空気が、社会のすみずみまで広がっていた時代でした。

宅建試験 受験者数と合格率の推移(2006〜2025年度)

  • 受験者数
  • 合格率(%)
050,000100,000150,000200,000250,0000510152020062007200820092010201120122013201420152016201720182019202020212022202320242025
出典: 不動産適正取引推進機構(RETIO)試験結果概要。2020年度は10月実施分

合格基準点26点という「事件」

バブル期の宅建を象徴するのが、1990年度の合格基準点です。この年の合格点は、50問中わずか26点でした。半分強の正答で受かったことになります。歴代でも際立って低い水準で、いまの感覚からすると信じがたい数字です。

なぜこれほど低かったのでしょうか。一般には、出題側が受験者全体の実力を高く見積もりすぎ、難しい問題を出してしまった結果だと語られています。後で詳しく見るように、宅建は受験者全体の中で上位何%かを合格とする相対評価をとっています。全体の得点が想定より伸びなければ、合格点は下げざるをえません。26点という数字は、作問の難度と受験者層の実力のミスマッチが生んだ、いわば「事件」でした。

この時代、宅建はまさに大衆資格でした。受験者の裾野は広く、なかには十分な準備をせずに受ける人も多くいました。母集団の実力にばらつきが大きければ、上位15%前後のボーダーは相対的に低い点数になります。「昔は簡単だった」という語りには、こうした母集団の事情も影響しています。

バブル崩壊と冷え込み

1990年代に入りバブルが崩壊すると、不動産業界は一気に冷え込みました。地価は下落し、取引は細り、業者は淘汰されました。宅建の受験者数も減少に転じ、1993年(平成5年)には合格者数が3万人を割り込む水準まで落ち込みました。

熱狂が去ったあと、宅建は「とりあえず受ける資格」から、「不動産の仕事を続けるために要る資格」「キャリアの土台として取る資格」へと、その意味あいを少しずつ変えていきます。受験者の動機がより実務的・戦略的になっていったことは、のちの受験者層のレベルアップにもつながっていきます。

2015年、「士」への格上げ

時代は下り、不動産取引はますます高度化・複雑化していきました。金融商品としての不動産、投資、証券化、複雑な権利関係。消費者保護への社会的要請も、年を追って強まっていきます。そうしたなかで、不動産業界の団体が長年要望してきたのが、宅建の「士業化」でした。

その悲願が実ったのが、2014年成立・2015年施行の改正宅建業法です。「宅地建物取引主任者」は「宅地建物取引士」となりました。だが、これは単なる呼び名の変更ではありません。改正では、専門家としての責務に関する規定がいくつも新たに加えられました。

名前だけではない、3つの新しい責務

改正で宅建士に課された主な規定は、次の3つに整理できます。

業務処理の原則

宅建士は、宅地・建物の取引の専門家として、購入者等の利益の保護と円滑な流通に資するよう、公正かつ誠実に事務を行うこと。そして、宅建業に関連する業務に従事する者との連携に努めること。プロとしての姿勢を、法律が正面から求めました。

信用失墜行為の禁止

宅建士は、宅建士の信用または品位を害するような行為をしてはならない。これは弁護士や税理士など、いわゆる士業に共通して課される規律です。「士」を名乗る以上、職業全体の信用を傷つける振る舞いは許されない、という考え方です。

知識・能力の維持向上の努力義務

宅建士は、取引に係る事務に必要な知識・能力の維持向上に努めなければならない。資格を取って終わりではなく、取得後も学び続けることが求められるようになりました。法令はたえず改正され、取引の実務も変わっていきます。専門家であり続けるための不断の研鑽を、条文がうたいました。

「主任者」と「士」は地続き

ここで誤解されやすい点を押さえておきたいところです。名称が変わったからといって、それ以前に主任者だった人が資格を失ったわけではありません。2015年4月1日より前に取引主任者の資格を持っていた人は、特別な手続きや追加の試験なしに、そのまま取引士として扱われます。独占業務の中身も基本的に引き継がれました。

つまり「主任者」と「士」は、断絶ではなく地続きです。実態としては同じ資格が、その社会的位置づけを一段引き上げられた、と理解するのが正確です。担当者から専門家へ。名前が、ようやく役割の重さに追いついた瞬間でした。

合格点が毎年動く理由

「宅建は昔より難しくなった」を考えるとき、避けて通れないのが試験の評価方式です。宅建試験は、あらかじめ「何点取れば合格」と決まっている絶対評価ではありません。受験者全体のなかで上位何%かを合格とする、相対評価をとっています。

仕組みはこうです。試験が終わると、受験者全体の得点分布が出ます。そのうえで、合格率がおおむね一定の範囲(近年でいえば15〜18%程度)に収まるように、合格基準点が決められます。問題が難しく全体の得点が低かった年は、合格点も低くなります。逆に問題が易しく全体の得点が高ければ、合格点は上がります。

この方式の帰結として、合格率はほぼ毎年安定する一方で、合格基準点は年ごとに上下します。次のグラフは、士業化以降の合格率と合格基準点の推移です。棒が合格基準点(50問満点)、折れ線が合格率(%)を表しています。

宅建試験 合格基準点と合格率の推移(2006〜2025年度)

  • 合格基準点(左軸・点)
  • 合格率(右軸・%)
283032343638401214161820343533333636333332313535373538343636373320062007200820092010201120122013201420152016201720182019202020212022202320242025
出典: 不動産適正取引推進機構(RETIO)試験結果概要。合格基準点は変動を見やすくするため縦軸を28〜40点に拡大。2020年度は10月実施分

合格率は安定、合格点はじわり上昇

グラフを見ると、二つのことが読み取れます。ひとつは、合格率がきれいに15〜18%の帯のなかに収まり続けていること。これは相対評価という設計の狙いどおりです。

もうひとつ、より重要なのが、合格基準点がじわりと上がってきていることです。少し前まで、合格点はおおむね31〜35点で推移していました。ところが近年は、37点や38点という年が出てくるようになりました。2015年度の31点と、2018年度・2020年度の37〜38点を比べれば、その差は歴然としています。

合格率は変わらないのに、合格点が上がる。これは何を意味するのでしょうか。同じ「上位15%」のボーダーが、より高い得点でないと届かなくなっている、ということです。つまり、受験者全体のレベルが上がっています。これこそが、宅建の「難化」の核心です。

なお、直近の2025年(令和7年度)は、合格率が18.7%と史上最高を記録する一方、合格基準点は33点まで下がるという、この「相対評価」の仕組みが鮮やかに表れた年でした。個数問題の急増で問題が難化した1年を1問単位で読み解いた2025年(令和7年度)宅建試験 徹底解説も、あわせてご覧ください。

なぜ「昔より難しい」のか

合格点の上昇が示す受験者層のレベルアップ。それを生んでいる要因は、ひとつではありません。難化の正体を、いくつかの角度から分解してみましょう。

1. 受験者全体の底上げ

最大の要因は、母集団そのものの実力が上がったことです。いまや宅建対策の教材・通信講座・アプリ・動画は充実をきわめ、過去問演習のノウハウも広く共有されています。独学であっても、質の高い学習環境に誰もがアクセスできます。

加えて、宅建を受ける動機が以前より実務的・戦略的になりました。不動産・金融・建設はもちろん、近年は他業種からのキャリアアップやリスキリングの一環として宅建を志す人も増えています。「とりあえず」ではなく「本気で取りに来る」受験者の比率が高まれば、相対評価のボーダーは自然と押し上げられます。バブル期に合格点26点だった試験で、いま同じ点数を取っても、まったく歯が立ちません。同じ「上位15%」でも、その15%の中身が変わったのです。

2. 出題形式の変化 — 個数問題の増加

問題そのものの作りも変わってきました。とりわけ受験者を悩ませているのが、「個数問題」の増加です。

個数問題とは、「正しいものはいくつあるか」「誤っているものはいくつあるか」と問い、その数を答えさせる出題形式です。通常の四肢択一なら、選択肢を一つずつ吟味し、消去法で正解にたどり着くこともできます。だが個数問題では、すべての選択肢の正誤を正確に判断しないと答えが出せません。あいまいな知識やテクニックが通用しにくく、一般に難易度が高いのです。

近年の試験では、この個数問題が目立って増えています。年によっては個数問題が二桁にのぼることもあり、受験者にとって得点しづらい傾向が続いています。単純な暗記では太刀打ちできず、正確な理解が問われる——出題の質的な難化です。

3. 法改正という揺さぶり

宅建の試験範囲は、生きた法律でできています。法律が変われば、試験も変わります。象徴的だったのが、2020年(令和2年)施行の改正民法です。

このとき、民法のうち債権関係の規定(債権法)が、制定後およそ120年でほとんど見直されてこなかった部分を含めて、大幅に改正されました。宅建試験でも2020年度から改正民法が出題されるようになり、受験者は新しい条文・新しい用語を学び直す必要に迫られました。過去問の蓄積がそのままでは通用しない領域が生まれたわけです。

法令はその後もたえず改正されます。宅建士に課された「知識・能力の維持向上の努力義務」は、まさにこうした変化に対応し続けることを求めています。試験もまた、その時々の最新の法令を反映して動いていきます。

まとめると

「昔は簡単だった」は、ある意味で正しいといえます。だがそれは、問題が易しかったというより、母集団がいまほど鍛えられていなかったからです。教材が乏しく、受験動機も多様で、準備不足の受験者も多かった時代の上位15%と、洗練された学習環境で本気の受験者がしのぎを削るいまの上位15%とでは、要求される実力がまるで違います。そこに個数問題や法改正が重なり、宅建は「腰を据えて学ばないと受からない試験」へと姿を変えてきました。

他資格と並べてみる

ここで視点を一段引いて、宅建を他の国家資格と並べてみましょう。「資格試験はどう推移してきたか」という大きな問いのなかに、宅建を置きなおしてみるのです。

次のグラフは、2024年度(令和6年度)のおもな国家資格の合格率を比べたものです。

2024年度(令和6年度)おもな国家資格の合格率

宅地建物取引士18.6%

学習目安 300〜400時間

行政書士13.98%

学習目安 500〜800時間

土地家屋調査士11%

学習目安 約1,000時間

社会保険労務士6.9%

学習目安 約1,000時間

司法書士5.3%

学習目安 約3,000時間

税理士は科目合格制、司法試験は受験資格が必要なため単純比較から除外。学習時間は各予備校が公表する一般的な目安。出典: 各資格の公式試験結果(2024年度)

「主任者」から「士」へ — 資格の格上げという潮流

こうして並べると、宅建の合格率は他の士業系国家資格に比べてやや高く、「難関のなかでは入口に近い」資格だと位置づけられます。だがそれは、宅建が易しいという意味ではありません。学習時間の目安を見れば、宅建は300〜400時間とされ、社会保険労務士や司法書士のような難関資格とは要求量が異なります。役割と難度が、資格ごとに棲み分けられているのです。

注目したいのは、「主任者から士へ」という宅建の歩みが、宅建だけの特殊事情ではないことです。日本の資格制度には、専門職の地位を「士」という呼称とともに引き上げ、責務を明確化していく潮流があります。取引の専門家としての責任を法律に書き込み、信用失墜行為を戒め、生涯にわたる研鑽を求める——宅建の士業化は、その流れのなかに置いてみると、より大きな意味を帯びてきます。

資格の名前が変わるとき、それは多くの場合、その職業に社会が寄せる期待が変わるときです。宅建が「主任者」から「士」になった2015年は、不動産取引の専門家に対して、社会がより高い専門性と倫理を求めるようになった節目だったといえます。

3つの視点で読む、宅建半世紀

最後に、ここまでの歩みを3つの視点で整理しておきましょう。

視点1:規制で見る

宅建の歴史は、消費者保護の強化の歴史でもあります。1952年の緩い規制から始まり、免許制への移行、設置義務、独占業務の明確化、そして2015年の責務規定の追加へ。一貫しているのは、「取引の安全を守る」という最初の思想を、時代に合わせて具体化し続けてきたことです。

視点2:数字で見る

受験者数は時代の鏡です。バブル期に申込42万人へとふくらみ、崩壊後に冷え込み、そして近年ふたたび増加に転じました。2024年度には申込が33年ぶりに30万人を超え、受験者数は過去最多を記録しました。資格人気の波は、不動産市場や雇用環境の変化と連動しています。

視点3:難度で見る

合格率はほぼ一定でも、合格基準点は上がってきました。同じ「上位15%」の中身が、教材の充実と受験者の本気度によって入れ替わり、より高い実力が要求されるようになりました。出題形式の変化と法改正がそれに拍車をかけます。難化は、試験そのものというより、それを受ける人々と社会の変化が生んだものでした。

だから、宅建は「腰を据えて学ぶ試験」になった

ここまで見てきたとおり、宅建は「片手間で受かる資格」から「きちんと準備して臨む資格」へと、半世紀をかけて変わってきました。合格基準点が押し上げられ、個数問題が増え、法改正が範囲を揺さぶります。そのなかで上位15%に入るには、まとまった学習時間と、集中できる環境が要ります。

300〜400時間という学習量は、平日の隙間時間と休日をかき集めて、数か月かけて積み上げる規模です。自宅で誘惑に負けず、毎日同じペースで机に向かい続けるのは、思いのほか難しいものです。だからこそ、通い慣れた一か所で淡々と勉強を進められる環境が効いてきます。

社会人受験生なら、仕事帰りや早朝に立ち寄れる立地、夜遅くまで開いている席。学生なら、静かに集中できるブース。宅建のように「相対評価で上位に食い込む」タイプの試験は、最後はこうした学習の積み上げの差がボーダーを分けます。本サイトでは、24時間営業の自習室をはじめ、全国の自習室を条件で絞り込んで比較できます。資格試験と学習環境の関係については、司法試験・予備試験向けの自習室の選び方税理士・公認会計士試験向けの自習室の選び方もあわせてどうぞ。

名前が「主任者」から「士」へ変わったように、宅建という試験の輪郭は、これからも社会とともに少しずつ動いていくでしょう。変わらないのは、コツコツと積み上げた人が最後に上位に残る、という一点です。

よくある質問

Q. 宅建(宅地建物取引士)はなぜ名前が変わったのですか? A. 2015年(平成27年)4月1日施行の改正宅地建物取引業法により、「宅地建物取引主任者」から「宅地建物取引士」へと名称が変わりました。不動産取引が高度化・複雑化するなかで、取引の専門家としての地位と責務を法律上はっきりさせる「士業化」が背景にあります。改正では、業務処理の原則、信用失墜行為の禁止、知識・能力の維持向上の努力義務といった規定が新たに設けられました。

Q. 宅建は昔より難しくなったのですか? A. 出題が単純な暗記で解けなくなり、合格基準点も上昇しているため、体感的には難しくなっています。宅建試験は受験者の上位およそ15〜18%が合格する相対評価で、合格率自体はほぼ一定に保たれます。一方で、予備校や過去問演習の普及で受験者全体のレベルが上がり、近年の合格基準点は50問中37〜38点に達する年も出てきました。正しい選択肢の数を答えさせる「個数問題」の増加や、2020年からの改正民法の出題も、難化の体感につながっています。

Q. 宅建の合格率はなぜ毎年ほぼ一定なのですか? A. 宅建試験が、あらかじめ合格点を決める絶対評価ではなく、受験者全体の中で上位何%かを合格とする相対評価だからです。問題が難しく全体の得点が低い年は合格基準点が下がり、易しい年は上がります。その結果、合格率はおおむね15〜18%の範囲に収まり続けます。合格基準点が毎年変動するのは、この仕組みの裏返しです。

Q. 宅地建物取引主任者と宅地建物取引士は同じ資格ですか? A. 実質的に連続した同じ国家資格です。2015年4月1日より前に主任者資格を持っていた人は、特別な手続きや追加試験なしに、そのまま取引士として扱われます。重要事項の説明など独占業務の中身も基本的に引き継がれています。名称が「主任者」から「士」へ格上げされ、専門家としての責務に関する規定が加わった、という関係です。

調査方法・出典について

本記事は、宅地建物取引業法の制定・改正の経緯、宅地建物取引士(旧・取引主任者)資格の沿革、および試験統計についての公開資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。制度の沿革・改正内容は国土交通省および不動産適正取引推進機構(RETIO)の公表資料を、受験者数・合格率・合格基準点の数値はRETIOの試験結果概要を主な根拠としています。グラフの数値も同様の出典に基づきます。

なお、グラフ中の2020年度(令和2年度)の数値は、新型コロナの影響で10月・12月の2回に分けて実施されたうちの10月実施分です。他資格との比較に用いた学習時間の目安は、各予備校が公表する一般的な数値であり、公的な確定値ではありません。バブル期の申込者数など一部の歴史的な数値は概数として扱っています。最新の試験日程・制度の詳細は、不動産適正取引推進機構の公式サイトでご確認ください。

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制度・統計の数値は改正や年度更新により変動します。受験を検討される際は、不動産適正取引推進機構など公的機関の最新情報を必ずご確認ください。