かつて「建築は軽やかであるべきだ」と語った男は、やがて「木」と「森」にたどり着いた。鉄とガラスのチューブで世界を驚かせ、木格子の大屋根で図書館の概念を塗り替えた——プリツカー賞建築家・伊東豊雄。
彼が手がけた2つの図書館を訪ねると、「本を読む場所」はここまで自由になれるのか、と静かな興奮を覚えます。この特集では、伊東という建築家の歩みから、2つの図書館が生まれた経緯、そして建物がどのように街へ溶け込んでいるかまでを、写真とともにじっくり読み解きます。
伊東豊雄という建築家
伊東豊雄は1941年生まれ。2013年、建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を、日本人として6人目に受賞しました。
キャリアの前半、伊東の建築は「透明で軽やか」という言葉で語られてきました。1984年の自邸「シルバーハット」、風を可視化したような初期の作品群——重さや永続性を感じさせない、消えていくような建築。その作風が大きく転回したのが、後述するせんだいメディアテークでした。伊東はここで「ピュアな美しさから、ダイナミックな物質感や生き生きとした生命感へ」と目を向けたと振り返ります。彼自身が掲げた言葉が「新しいリアル」でした。
鉄から木へ、変わり続ける巨匠
伊東の歩みは「変化し続けること」そのものです。せんだいメディアテーク(2001年)で世界の注目を集めたのち、アーチが連続する多摩美術大学図書館(八王子・2007年)、流れるような曲面が音楽を包む台中国家歌劇院(台湾・2016年)と、作品ごとにかたちを刷新してきました。
東日本大震災のあとには、被災地に小さな集会所「みんなの家」を各地に建て、建築家の役割そのものを問い直します。鉄とガラスの時代から、木や地域の素材へ。次に紹介するぎふメディアコスモスは、その大きな流れのなかに位置づけられる一作です。
図書館という難題に、何度も挑む
静かに本と向き合う——図書館にまとわりつくその常識を、伊東は一度ならず問い直してきました。仕切られた書架、抑えた照明、ひそやかな足音。そうした「あたりまえ」を、彼は構造から、光から、天井のかたちから、丸ごと作り替えていきます。次に挙げる2館は、その挑戦の到達点です。
せんだいメディアテーク — すべては、ここから始まった
伊東豊雄・2001年2001年、仙台・定禅寺通りのケヤキ並木に面して、透明な箱が立ち上がりました。せんだいメディアテーク。図書館・ギャラリー・スタジオが同居するこの建物は、開館と同時に「現代建築の金字塔」と呼ばれ、その後の公共建築のあり方を一変させました。
[この図書館ができるまで]1995年のコンペが生んだ「メディアテーク」
物語は、開館の6年前にさかのぼります。1995年に開かれた設計競技で、伊東豊雄の案が最優秀に選ばれました。このとき審査委員長を務めた建築家・磯崎新は、「単なる図書館とギャラリーの複合施設」にとどめず、本だけでなく映像や音楽など、あらゆる情報メディアに触れられる場所——すなわち「メディアテーク」にすべきだと提案します。施設の名前が、建築のあり方そのものを方向づけたのです。
1997年に着工、2000年に竣工し、2001年1月に開館。構造設計は佐々木睦朗が担い、後述する大胆な「チューブ」を実現させました。柱と床という建築の最小単位を組み替えた伊東の構想は、20世紀初頭にル・コルビュジエが示した「ドミノ・システム」になぞらえて「新世代のドミノ」と呼ばれることもあります。

海藻のように揺らぐ13本のチューブ
この建物に、いわゆる「柱」と「壁」はありません。代わりに、13本の鉄骨の網目でできたチューブがガラスの箱を貫いて立ち上がります。海藻のように揺らぐそのチューブが、建物を支え、エレベーターや階段を通し、設備を収め、光を導く。骨格と内臓を隠すのではなく、むしろ主役として見せてしまう——その発想が、当時いかに革新的だったか。

構造部材も、設備のダクトも、壁の向こうに隠さない。デザインの中心に置く。その逆転の発想が、外壁の窓に加えて内側のチューブからも光が差し込む、まったく新しい空間を生みました。
[街への溶け込み]定禅寺通りに開かれた「知の広場」
ガラス張りのファサードは、内と外をゆるやかにつなぎます。通りを歩く人の視線が建物の奥まで届き、なかにいる人の気配が街へにじみ出す。ケヤキ並木で知られる定禅寺通りの景観に溶け込みながら、図書館を「閉じた箱」から「街に開かれた広場」へと変えました。
その意味が際立ったのが、2011年の東日本大震災です。一時は閉館を余儀なくされましたが、復旧してふたたび扉を開くと、メディアテークは市民が集い、語り、記録を残す拠点となりました。伊東自身、この出来事を「メディアテークとは何だったのか」を問い直す機会だったと振り返っています。街に開かれた建築は、非常時にこそ人の拠り所になる——その事実を、この建物は身をもって示しました。
ぎふメディアコスモス — 木と光の、やわらかな到達点
伊東豊雄・2015年せんだいから14年。鉄とガラスの建築家は、岐阜で木に回帰します。2015年に開館した複合文化施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」。その2階に、岐阜市立中央図書館が広がります。
[この図書館ができるまで]50年使った図書館を、建て替える
メディアコスモスが生まれた背景には、切実な事情がありました。1958年に開いた旧・岐阜市立図書館本館は、半世紀以上を経てエレベーターもなく、専用駐車場もなく、開館は夕方6時まで——勤め帰りには使いにくい施設になっていました。
そこで岐阜市は、岐阜大学医学部・附属病院の跡地を使った市街地再開発事業として、新しい図書館を中核とする複合施設を構想します。延床面積は約2,000㎡から9,400㎡へ4.7倍に、収蔵できる蔵書は20万冊から90万冊へ4.5倍に。規模も役割も、まるで別物へと生まれ変わりました。設計者に選ばれたのが、伊東豊雄でした。

天井から降りてくる「グローブ」
波打つように湾曲した木格子の大屋根。地元・東濃ひのきを編んだその天井から、ポリエステル製の白い傘「グローブ」がいくつも吊り下がります。グローブの下にはテーマ別の読書スペースが島のように点在し、人々はそれぞれの「傘の下」に居場所を見つける。

天井のかたちがそのまま、光と空気と人の流れをデザインしている——せんだいでチューブが担った役割を、ここでは木の屋根とグローブが引き継いでいます。自然光と自然換気を生かす設計で、晴れた日には天井越しのやわらかな光が降りそそぎ、空調や照明に頼りきらない「森の中で本を読む」ような感覚を、都市の只中に立ち上げました。
[街への溶け込み]「みんなの森」という、まちの居場所
この施設の正式名称が「みんなの森」であることには、はっきりとした意図があります。2階の図書館に対し、1階には多目的の交流スペースやカフェ、子育て支援の機能が入り、図書館を訪れない人にも開かれた「まちの広場」として設計されました。建物は岐阜市の中心市街地に立地し、衰えがちな都心部に人の流れを呼び戻す、再開発の核としての役割も担っています。
本を借りるためだけの場所ではなく、ただ過ごしに来てもいい場所へ。せんだいで掲げた「街に開かれた建築」という思想が、木のやわらかさをまとって、岐阜でもう一度かたちになりました。
伊東建築の図書館に、通底するもの
2館を並べると、年代も素材もまるで違うのに、不思議と同じ「気配」が流れていることに気づきます。
- 境界を溶かす:内と外、構造と意匠、本と人。伊東は仕切りを消し、空間をひとつながりにする。
- 構造そのものが風景になる:チューブも木格子も、隠される脇役ではなく、見上げたくなる主役。
- 自然光・自然換気を取り込む:人工的な均質さより、移ろう光と空気の心地よさ。
- 「居場所」を選べる:席が一様に並ぶのではなく、人が思い思いの場所を見つけられる。
図書館を「本を収める器」ではなく「人がいたくなる場所」へ。その思想が、世代を越えて2つの建築を貫いています。
2館をめぐる — 訪れ方のヒント
どちらの図書館も入館・閲覧は無料で、建築だけを目当てに訪れる人も少なくありません。
- せんだいメディアテーク:仙台市中心部、地下鉄・バスでアクセスしやすい定禅寺通り沿い。ケヤキ並木の散策や、1階のオープンスクエアとあわせて楽しめます。
- ぎふメディアコスモス:岐阜市中心部。JR岐阜駅・名鉄岐阜駅からバス。2階の図書館だけでなく、1階の交流スペースやカフェものぞいてみてください。
- 撮影はルールを確認:他の利用者を写さない、フラッシュを使わない、申請が必要——など館ごとに条件があります。
- 静けさへの配慮を:見学であっても、本と向き合う人がいる場所。歓声や長電話は控えめに。
よくある質問
Q. 伊東豊雄が設計した図書館はどこにありますか? A. 代表的なのは、宮城県のせんだいメディアテーク(2001年)と、岐阜県のみんなの森 ぎふメディアコスモス(2015年・2階が岐阜市立中央図書館)です。ほかに多摩美術大学図書館などの作品でも知られます。
Q. 伊東豊雄はどんな建築家ですか? A. 1941年生まれの日本を代表する建築家で、2013年に「建築界のノーベル賞」とされるプリツカー賞を受賞しました。透明で軽やかな建築から、せんだいメディアテークを境に物質感・生命感のある「新しいリアル」へと作風を深めたことで知られます。
Q. せんだいメディアテークとぎふメディアコスモスは見学できますか? A. どちらも入館・閲覧は無料で、誰でも見学できます。撮影のルールや開館時間・休館日は各施設で異なるため、来館前に公式サイトでご確認ください。
Q. せんだいメディアテークの「チューブ」とは何ですか? A. 柱でも壁でもない、13本の鉄骨でできた網目状のチューブ(管)のことです。建物を支える構造であると同時に、エレベーターや階段、設備、自然光の通り道も兼ねています。隠すべき構造や設備をあえて主役として見せた点が、当時きわめて革新的でした。
調査方法・写真について
本記事は、各施設の公開情報および建築・受賞・経緯に関する公表資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。設計者・竣工年・コンペや再開発の経緯などの事実は公的資料で確認しました。写真のうち、施設名つきのカード(施設ページへのリンク)の画像は各施設のGoogleマップ等で公開されている写真を、それ以外の建築写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。
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