かつて「建築は軽やかであるべきだ」と語った男は、やがて「木」と「森」にたどり着いた。鉄とガラスのチューブで世界を驚かせ、木格子の大屋根で図書館の概念を塗り替えた——プリツカー賞建築家・伊東豊雄。

彼が手がけた2つの図書館を訪ねると、「本を読む場所」はここまで自由になれるのか、と静かな興奮を覚えます。この特集では、伊東建築の核心にある2館を写真とともに深掘りし、その思想までを読み解きます。

「新しいリアル」を追い求める巨匠

伊東豊雄は1941年生まれ。2013年、建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を、日本人として6人目に受賞しました。

キャリアの前半、伊東の建築は「透明で軽やか」という言葉で語られてきました。風のように消えていく、重さを感じさせない建築。その作風が大きく転回したのが、後述するせんだいメディアテークです。伊東はここで「ピュアな美しさから、ダイナミックな物質感や生き生きとした生命感へ」と目を向けたと振り返ります。彼自身が掲げた言葉が「新しいリアル」でした。

図書館という難題に、何度も挑む

静かに本と向き合う——図書館にまとわりつくその常識を、伊東は一度ならず問い直してきました。仕切られた書架、抑えた照明、ひそやかな足音。そうした「あたりまえ」を、彼は構造から、光から、天井のかたちから、丸ごと作り替えていきます。次に挙げる2館は、その挑戦の到達点です。

せんだいメディアテーク — すべては、ここから始まった

せんだいメディアテーク(宮城県仙台市)の建築・空間の写真伊東豊雄・2001年
せんだいメディアテーク宮城県仙台市 施設ページ

2001年、仙台・定禅寺通りのケヤキ並木に面して、透明な箱が立ち上がりました。せんだいメディアテーク。図書館・ギャラリー・スタジオが同居するこの建物は、開館と同時に「現代建築の金字塔」と呼ばれ、その後の公共建築のあり方を一変させました。

海藻のように揺らぐ13本のチューブ

この建物に、いわゆる「柱」と「壁」はありません。代わりに、13本の鉄骨のチューブがガラスの箱を貫いて立ち上がります。海藻のように揺らぐそのチューブが、構造を支え、設備を通し、光を導く。建物の骨格と内臓を隠すのではなく、むしろ主役として見せてしまう——その発想が、当時いかに革新的だったか。

構造部材も、ヒートダクトも、送水管も、壁の向こうに隠さない。デザインの中心に置く。——その逆転の発想が、内側の柱からも光が差し込む、まったく新しい空間を生んだ。

街に溶け出す「知の広場」

ガラス張りのファサードは、内と外をゆるやかにつなぎます。通りを歩く人の視線が建物の奥まで届き、なかにいる人の気配が街へにじみ出す。図書館を「閉じた箱」から「街に開かれた広場」へと変えたこの感覚は、のちの伊東建築に一貫して流れていきます。

ぎふメディアコスモス — 木と光の、やわらかな到達点

みんなの森 ぎふメディアコスモス(岐阜市立中央図書館)(岐阜県岐阜市)の建築・空間の写真伊東豊雄・2015年
みんなの森 ぎふメディアコスモス(岐阜市立中央図書館)岐阜県岐阜市 施設ページ

それから14年。鉄とガラスの建築家は、岐阜で木に回帰します。2015年に開館した複合文化施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」。その2階に、岐阜市立中央図書館が広がります。

天井から降りてくる「グローブ」

波打つように湾曲した木格子の大屋根。地元・東濃ひのきを編んだその天井から、ポリエステル製の白い傘「グローブ」がいくつも吊り下がります。グローブの下にはテーマ別の読書スペースが島のように点在し、人々はそれぞれの「傘の下」に居場所を見つける。

天井のかたちがそのまま、光と空気と人の流れをデザインしている——せんだいでチューブが担った役割を、ここでは木の屋根とグローブが引き継いでいます。

照明に頼りきらない、森のような空気

自然光と自然換気を生かす設計で、晴れた日には天井越しのやわらかな光が降りそそぎます。空調や照明に頼りきらず、「森の中で本を読む」ような感覚を都市の只中に立ち上げた。やわらかさという一点において、これは伊東建築のひとつの到達点だと言えるでしょう。

伊東建築の図書館に、通底するもの

2館を並べると、年代も素材もまるで違うのに、不思議と同じ「気配」が流れていることに気づきます。

  • 境界を溶かす:内と外、構造と意匠、本と人。伊東は仕切りを消し、空間をひとつながりにする。
  • 構造そのものが風景になる:チューブも木格子も、隠される脇役ではなく、見上げたくなる主役。
  • 自然光・自然換気を取り込む:人工的な均質さより、移ろう光と空気の心地よさ。
  • 「居場所」を選べる:席が一様に並ぶのではなく、人が思い思いの場所を見つけられる。

図書館を「本を収める器」ではなく「人がいたくなる場所」へ。その思想が、世代を越えて2つの建築を貫いています。

訪れる前に

どちらの図書館も入館・閲覧は無料で、建築だけを目当てに訪れる人も少なくありません。

  • 撮影はルールを確認:他の利用者を写さない、フラッシュを使わない、申請が必要——など館ごとに条件があります。
  • 開館時間・休館日は事前にチェック:来館前に各施設の公式サイトで最新情報を。
  • 静けさへの配慮を:見学であっても、本と向き合う人がいる場所。歓声や長電話は控えめに。

よくある質問

Q. 伊東豊雄が設計した図書館はどこにありますか? A. 代表的なのは、宮城県のせんだいメディアテーク(2001年)と、岐阜県のみんなの森 ぎふメディアコスモス(2015年・2階が岐阜市立中央図書館)です。ほかに多摩美術大学図書館などの作品でも知られます。

Q. 伊東豊雄はどんな建築家ですか? A. 1941年生まれの日本を代表する建築家で、2013年に「建築界のノーベル賞」とされるプリツカー賞を受賞しました。透明で軽やかな建築から、せんだいメディアテークを境に物質感・生命感のある「新しいリアル」へと作風を深めたことで知られます。

Q. せんだいメディアテークとぎふメディアコスモスは見学できますか? A. どちらも入館・閲覧は無料で、誰でも見学できます。撮影のルールや開館時間・休館日は各施設で異なるため、来館前に公式サイトでご確認ください。

調査方法・写真について

本記事は、各施設の公開情報および建築・受賞に関する公表資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。掲載写真は各施設のGoogleマップ等で公開されている写真を利用しています。設計者・竣工年・受賞歴などの事実は公的資料で確認していますが、最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。

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