2013年4月、佐賀県の小さな市の図書館がリニューアルオープンした日、日本の公共図書館の景色は静かに変わりはじめた。年中無休、夜9時まで開館、館内にスターバックスと蔦屋書店——「武雄市図書館」。運営を担ったのは、TSUTAYAと蔦屋書店を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だった。
それから約10年。CCCの公共図書館運営は、武雄から海老名、多賀城、徳山、和歌山、延岡へと広がった。同時に、激しい賛否両論の議論を生み、「ツタヤ図書館問題」という言葉まで生まれた。一方の旗手は「居たくなる図書館」を掲げ、もう一方の側は「公共の蔵書はどうあるべきか」を問い続けた。
この特集では、CCCが運営する公共図書館を5館ピックアップし、それぞれの建築・運営・街への効果を写真とともに見ていく。そして、賛否の論点を一度フラットに並べたうえで、この10年が公共図書館に何を残したのかを考えてみたい。
はじまりの一冊 — 「居たくなる図書館」というアイデア
公共図書館の常識を、CCCはいくつも書き換えた。年中無休。夜9時まで開館。館内の蔦屋書店で本を買える。スターバックスのコーヒー片手に席に着ける。レンタル DVD コーナーがある。
それまでの日本の公共図書館は、月曜休館・夕方5時閉館・館内飲食禁止・私語禁止が「当たり前」だった。1958年設計の旧・岐阜市立図書館本館(現在のメディアコスモスの前身)のように、半世紀も大きく変わらないまま使い続けられた館も多い。そこに「滞在型」「過ごす場所としての図書館」という考え方を、商業ベースで持ち込んだのがCCCだった。
賛否どちらの立場をとるにせよ、CCC以前と以後で「公共図書館はどんな場所であるべきか」という議論そのものの温度が変わったことは、まず動かない事実だろう。
1. 武雄市図書館(佐賀県・2013年) — すべては、ここから始まった
CCC/蔦屋書店(改修)・2013年2012年5月、当時の樋渡啓祐市長が、CCCを指定管理者として図書館運営を任せると発表した。翌2013年4月、武雄市図書館は全面改装の上でリニューアルオープン。木組みの高い天井、書店との一体化、フリードリンクのスペース、年中無休で夜9時まで——「ここは本当に公共図書館なのか?」と思わせるその空間は、瞬く間に全国の注目を集めた。
[開館で起きたこと]92万人が訪れた小さな市の図書館
リニューアル後の2013年度、武雄市図書館の来館者数は約92万人を記録した。人口約5万人の市にとって、これは桁外れの数字だ。地元の人だけでなく、県外から「TSUTAYA図書館」を見に来る人も多く、図書館そのものが観光資源になった。市民の利用カード新規登録も急増し、CCC型の図書館運営は「公共施設の使われ方を変えうる」モデルとして全国の自治体から視察が相次いだ。

[その後]武雄市こども図書館の併設
2017年には、隣接して武雄市こども図書館もオープン。CCC運営の図書館に「子ども専用館」が併設されるかたちで、家族で訪れて長時間過ごせる場所として育っていった。本館の話題性が一過性で終わらず、地域に根づく装置として育てられているのは、武雄モデルの一つの到達点と言える。

[論争の発端]1万冊の選書問題
しかし、武雄が「TSUTAYA図書館問題」の象徴にもなった出来事がある。2013年のリニューアル時にCCCが新規購入した約1万冊の書籍について、2015年8月、市民団体の調査により、『公認会計士第2次試験 2001』『海外金融商品全ガイド 2001』など10年以上前の実用書や、地元から遠く離れた地域のグルメガイドなど、明らかに資料的価値の乏しい本が大量に含まれていたことが明らかになった。
これは「公共図書館の選書とは何か」という根本的な問いを突きつけ、市民グループによる訴訟にまで発展した。日本図書館協会・図書館問題研究会も慎重な検討を求める声明を出し、CCCの運営モデルそのものが社会的議論の俎上にのぼった。
公共図書館が「滞在の心地よさ」を獲得した代償に、「資料としての確かさ」を一部失った——この緊張が、武雄から始まる10年の議論の核になっていく。
2. 海老名市立中央図書館(神奈川県・2015年) — 首都圏初の登場

武雄から2年、CCCは関東圏に進出した。2015年10月1日、海老名市立中央図書館がリニューアルオープン。CCCと株式会社図書館流通センター(TRC)の共同事業体が運営する形での開館だった。
[構成]蔦屋書店+スターバックス+通常の公共図書館
1階に蔦屋書店とスターバックスを併設し、年中無休・朝9時から夜9時まで開館。武雄で確立した「滞在型図書館」の形式を、より大きな都市(海老名市は人口約14万人)に展開した実験でもあった。リニューアル直後から来館者数は跳ね上がり、夜の時間帯に学生や社会人が席を埋める光景は、明らかにそれまでの公共図書館とは違うものだった。

[議論]「タイの夜遊びガイド」と独自分類
しかし、リニューアル直後にいくつもの問題が表面化する。2015年10月、新規購入の書籍に『タイバンコク夜遊び地図』など海外の風俗関連ガイド3冊が含まれていることが外部からの指摘で判明し、海老名市教育委員会はこれらの本の貸出を中止することを決めた。
選書に加えて、もう一つ批判を浴びたのが独自の分類だった。日本の公共図書館の多くは「日本十進分類法(NDC)」を使っているが、海老名はCCC独自の分類を採用。結果、三島由紀夫の小説『金閣寺』が「国内旅行」、東野圭吾の小説『手紙』が「手紙の書き方」に分類されるなど、書名から機械的に振り分けたとしか思えない誤分類が多発した。一部は批判を受けて後に修正されている。
[その後]運営体制の見直し
リニューアル直後にはCCCとTRCの間で運営方針の「ズレ」も報じられ、共同事業体としての運営はいくつかの調整局面を経た。とはいえ、夜まで開いている館に学生や社会人が集まる光景は、首都圏に近い場所での「滞在型図書館」の需要を可視化したと言える。海老名は武雄に続く2例目として、CCC型図書館の運営モデルが都市部でどう機能するかを試す重要なケースになった。
3. 多賀城市立図書館(宮城県・2016年) — 駅前で「まちの拠点」になる

2016年、宮城県多賀城市立図書館がリニューアル。武雄・海老名に続くCCC運営の公共図書館だが、大きく違うのは、JR多賀城駅の駅前再開発と一体になって新築されたこと。図書館単体ではなく、駅周辺のまちづくりの核として設計された。
[街への溶け込み]「市民のもうひとつの家」
多賀城は「市民のもうひとつの家」をコンセプトに掲げ、座席数の多さ・居心地の良さを重視して設計された。書店・カフェ・図書館を一体化したCCCモデルに、駅前という立地の力が加わったことで、通勤・通学の動線上にある「日常的に立ち寄れる場所」として機能した。武雄が「目的地としての図書館」だったのに対し、多賀城は「通り道としての図書館」とも言える。

[位置づけ]東日本大震災からの復興と公共空間
多賀城は東日本大震災で被災した地域でもある。震災後の駅前再整備事業のなかに「居心地のよい公共空間」をどう組み込むか——その答えとしてCCC型図書館が選ばれたことには、復興と公共施設の現代化を重ねた地域戦略の意味があった。
4. 周南市立徳山駅前図書館(山口県・2018年) — 「駅前型」の進化形

2018年2月、山口県のJR徳山駅と一体化した周南市立徳山駅前図書館が開館した。2016年、市議会で指定管理者がCCCに決定し、駅舎の改築と図書館を一体の再開発プロジェクトとして進めた、極めて野心的な事業だった。
[設計]駅と図書館を、ひと続きにする
徳山駅前図書館の特徴は、改札を出てそのまま図書館に入れる動線にある。新たに整備された南北自由通路から図書館へとつながる構成で、通勤・通学帰りに本を借りる、待ち時間に席で過ごす——という使い方が日常になる。地方都市のターミナル駅と図書館を物理的に接続することで、駅前の人通り自体を変える試みだった。

[街への効果]地方都市の駅前活性化のモデル
地方都市の中心駅前は、全国どこでも空洞化が進む。周南市は徳山駅前のビルを建て替え、賑わい交流施設と図書館をひとつのプロジェクトとして整備することで、駅前に人を呼び戻す装置として図書館を位置づけた。多賀城の「駅前と一体化」というアイデアを、より明示的・大規模に推し進めた事例といえる。
5. 和歌山市民図書館(和歌山県・2020年) — 駅と複合施設の連結

2020年6月、和歌山市民図書館は南海和歌山市駅を中心とする複合施設「キーノ和歌山」に移転オープンした。徳山駅前の延長線上にある、より大規模な「駅と図書館の一体化」プロジェクトだ。
[構成]駅・商業・図書館をひとつの建物に
「キーノ和歌山」は、駅・商業施設・公共施設棟を一体で再開発した複合施設で、図書館はその公共施設棟に入る。CCCが運営を担い、商業エリアと連続した賑わい空間として、ショッピングや通勤のついでに立ち寄れる場所として設計された。2016年から始まった和歌山市駅前再開発の中核機能でもある。

[意味]地方私鉄ターミナルの再生
南海和歌山市駅は、長年「南海の終点で寂しい」と言われてきた駅だった。そこに図書館・商業・住居を束ねた複合施設を建てることで、駅そのものの位置づけを変えた。これも、武雄が打ち出した「居たくなる図書館」を、まちづくりの文脈にまで拡張した試みだ。
CCC型図書館をめぐる、3つの論点
5館をひととおり見たうえで、賛否の議論を整理しておきたい。CCC型図書館をめぐる主な論点は3つに集約できる。
論点1:選書と「公共性」
最も激しく議論されたのが、選書の質と独立性だった。武雄での古書混入、海老名での不適切な書籍混入は、いずれも開館直後に表面化した。背景には、CCCが運営する書店の在庫管理の発想と、公共図書館の選書の独立性という、性格の異なる二つの価値観の衝突がある。
公共図書館の選書は「いま売れている本」だけでは成り立たない。郷土資料の収集、専門書の長期保存、特定の利用者層(高齢者・障害者・外国人など)への配慮、これらは商業ベースだけでは判断できない。CCC型図書館は、この「専門性」をどう担保するかを問われ続けてきた。
論点2:分類・検索と「使いやすさ」
海老名の独自分類問題に代表されるように、CCC運営図書館では日本十進分類法(NDC)とは異なる独自分類が採用されたことが議論を呼んだ。「ジャンルで探したい初心者」には親しみやすい一方、「特定の本や著者で探す利用者」「他館との連携」には不便という指摘がある。一部は批判を受けて修正された。
公共図書館は研究者から子どもまでさまざまな利用者を支える必要があり、検索性は「使いやすさ」だけでは測れない複層的な機能だ。
論点3:指定管理と「市民参加」
そもそも、公共図書館の運営を民間企業に任せること自体への議論もある。指定管理者制度は2003年の地方自治法改正で導入され、図書館にも適用されてきたが、CCCのケースは「営利企業+全国チェーン」という性格上、地域の選書や運営への市民参加がどう確保されるかが繰り返し問われた。
愛知県小牧市では2015年、CCC型図書館の計画への賛否を問う住民投票で反対多数となり、計画は白紙撤回された。市民の側がはっきり「ノー」を突きつけたケースとして、いまも参照される出来事だ。
それでも、CCCが残したもの
これだけの議論を巻き起こした一方で、CCC型図書館がこの10年で残したものも確かにある。
- 「滞在型図書館」を当たり前にした:年中無休・夜21時まで開館・館内飲食可。これらは、CCC以後に新設・建て替えされた多くの公共図書館に部分的に取り入れられた。
- 駅前再開発の核としての図書館:多賀城・徳山・和歌山と続いた「駅と一体の図書館」というモデルは、地方都市のまちづくり手法として広く参照されている。
- 公共図書館への注目を集めた:賛否どちらにせよ、「公共図書館はどうあるべきか」という議論をメディアの一般話題にした効果は大きい。
学術誌の評論でも、CCC運営の図書館は「半世紀にわたってほとんど変わらなかった日本の公共図書館像」に大きな議論を巻き起こしたと指摘されている。批判があったからこそ、公共図書館の専門性・独立性・市民参加といった概念が改めて議論された——それ自体、この10年の重要な成果だろう。
5館をめぐる、訪れ方のヒント
- いずれも入館・閲覧は無料。蔦屋書店の本・スターバックスは独立した有料サービス。
- 開館時間は年中無休・朝9時から夜21時が基本(館により異なる場合あり)。
- 撮影や会話、PC利用などのルールは館ごとに違うので、来館前に各館の公式サイトで確認を。
- 武雄・多賀城・徳山・和歌山は駅から近く、いずれも建築や複合施設としても楽しめる。
よくある質問
Q. CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)とは何ですか? A. TSUTAYA・蔦屋書店を展開する企業です。2013年4月、佐賀県の武雄市図書館の指定管理者となり、公共図書館の運営を始めました。年中無休・夜21時まで開館・館内に蔦屋書店とスターバックスを併設する独自の運営スタイルで、公共図書館のあり方をめぐる大きな議論を巻き起こしました。
Q. CCCが運営している公共図書館はどこですか? A. 2026年6月時点で、武雄市図書館(2013年)、海老名市立中央図書館(2015年・TRCとの共同事業体)、多賀城市立図書館(2016年)、周南市立徳山駅前図書館(2018年)、和歌山市民図書館(2020年)、延岡市立図書館(2022年)などがあります。指定管理者契約はそれぞれ自治体ごとに更新されています。
Q. 「TSUTAYA図書館」の問題点とは何ですか? A. 主な批判は、(1)開館時の選書に古い実用書や地域に無関係なガイドブックが混入していた問題、(2)独自分類による検索のしにくさ、(3)営利企業と公共図書館の役割の混同への懸念、(4)指定管理者の選定プロセスの透明性、などです。一方で、年中無休・夜21時までの開館、来館者数の大幅増、まちの活性化への寄与といった肯定的評価もあります。
Q. CCC運営の図書館で本を借りるのは無料ですか? A. はい、公共図書館としての本の貸出・閲覧は通常の市立図書館と同様に無料です。併設の蔦屋書店やスターバックスは独立した有料サービスで、書店の本を購入したり、コーヒーを注文して読書スペースで楽しんだりできます。
調査方法・写真について
本記事は、各施設・自治体・CCCの公開情報、新聞・雑誌等の公表資料、日本図書館協会・図書館問題研究会の声明等を参照し、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。選書問題や訴訟、住民投票などの個別事実は、各種報道・Wikipedia・公的資料で確認しました。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。
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