東京・代官山の旧山手通り。ケヤキの並木の奥に、白い壁の建物が三棟、低くつらなっている。壁面をよく見ると、無数の小さな「T」が編み込まれ、それ自体が巨大なロゴになっている。中に入ると、新刊が山積みになった平台はほとんど見当たらない。そのかわり、料理書のとなりに鍋が置かれ、旅の本のそばに地図と双眼鏡がある。スターバックスのコーヒーを手にした人が、買う前の本を開いたまま、何時間でも座っている。
ここは本屋だ。けれど、ふつうの本屋ではない。代官山 蔦屋書店——この一軒の登場以降、「本屋とは何をする場所か」という問いそのものが、静かに書き換えられていった。
そして、その問いを出し続けている会社がある。TSUTAYAを生み、Tポイントを生み、いまは「本に囲まれて働く」場所まで提案するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。この特集では、公共図書館をめぐる賛否の議論からはいったん離れ、CCCという企画会社が、本屋・暮らし・働き方という三つの領域に、なぜこれほど次々と新しい提案を投げ込めるのかを掘り下げてみたい。会社の成り立ち、建築家やデザイナーとの協働、人を惹きつける仕掛け、そしてこれからの行方を、各地の蔦屋書店の写真とともにたどっていく。

「カルチュアを、コンビニのように」——CCCという発明
CCCを理解するには、まず一人の人物から始めるのがいい。創業者・増田宗昭である。
増田は1951年、大阪府枚方市に生まれた。同志社大学を出て、最初に飛び込んだのはアパレルの世界だった。学生時代はファッションデザイナーを志し、洋裁学校にも通ったという。だが、高田賢三や三宅一生といった「天才」が次々と頭角を現すのを目の当たりにして、自分が同じ土俵で勝てる人間ではないと悟った。つくる側ではなく、才能を見つけてプロデュースする側にまわる——のちにCCCを貫くことになるこの発想は、すでにこのとき芽生えていた。
1973年、増田はアパレル企業・鈴屋に入社する。軽井沢ベルコモンズの開発に関わり、店づくりや販売促進のディレクションを担った。商品そのものより、商品をどう見せ、どんな気分とともに届けるか。「売り場という体験」を設計する仕事に、増田はのめり込んでいく。
一号店は、本屋ではなかった
1983年に独立した増田が、地元・枚方の駅前で始めた店。それがTSUTAYAの原点になる。
正確に言えば、その前年の1982年、増田は「喫茶兼、貸レコード店」という業態の店を手がけていた。本も、レコードも、レンタルも、コーヒーも、ひとつの場所に混ぜる。当時としては奇妙な複合店だった。そして1983年3月、枚方市駅前のビルに「蔦屋書店 枚方駅前店」が開業する。これがTSUTAYA一号店として記録されている。映画・音楽・本を一カ所に集め、「ライフスタイルを提案する場所」をつくる。増田の事業は、最初から「本だけを売る本屋」ではなかった。
「蔦屋」という名前の、後付けの神話
店名の「蔦屋」には、面白いエピソードがある。
直接の由来は、増田の祖父が営んでいた置屋(芸者を派遣する商売)の屋号「蔦屋」だった。加えて当時の書店は「○○屋書店」という屋号が多く、その流れにも乗った。それだけの、ごくありふれた命名だったという。
ところが一号店のオープン当日、誰かが『広辞苑』の「蔦屋」の項目を印字した祝いのファックスを送ってきた。そこには、江戸時代に活躍した版元・蔦屋重三郎の名があった。それを見た増田は「ああ、こういうことか」と膝を打ったという。本人いわく、蔦屋重三郎と血縁があるわけでも、事前に重三郎を知っていて店名にしたわけでもない。それでも増田は「祖父は重三郎を知っていて『蔦屋』と名づけたのだ」と勝手に解釈し、以来「これは蔦屋重三郎の蔦屋なんだ」と語りはじめた。
のちに、蔦屋重三郎が喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出した「江戸最大のプロデューサー」だったと知る。増田は、現代のプロデューサーになるという物語を、この後付けの偶然から育てていった。創業者が自分のブランド神話を「後付けだ」と認めているのに、その神話がいまも生きている——この捻れた魅力こそ、増田宗昭という経営者の本質をよく表している。なお蔦屋重三郎は、2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公にもなり、いっそう広く知られる存在になった。
社名に込めた「文化をコンビニのように」
1985年9月、増田はTSUTAYAのフランチャイズ本部として、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社を設立する。
ここで重要なのは、店名「蔦屋」と社名「CCC」は、由来がまったく別だということだ。店名は祖父の屋号に由来する。一方の社名は、Culture(文化)・Convenience(利便)・Club(会員制)という三つの言葉の頭文字を組み合わせたものだ。「文化を、コンビニのように身近に・便利に届ける会員制の会社」。映画も音楽も本も、それまでは専門店をいくつも回らないと手に入らなかった。それを一カ所に、コンビニのような手軽さで提供する。社名そのものが、すでにひとつの事業構想になっていた。
日販との提携を足がかりに、TSUTAYAはフランチャイズで全国へ広がっていく。1999年には渋谷の旗艦店「SHIBUYA TSUTAYA」が開業。レンタルビデオ・DVD・CDの全国チェーンとして、TSUTAYAは平成のまちの風景の一部になった。ピーク時には国内外で1,400店を超えたとも言われる。日本中の駅前に、あの黄色と青の看板があった時代だ。
「我が社はレンタル業ではない、企画会社だ」
ここで、CCCを語るうえで欠かせない、増田の一貫した言葉を引いておきたい。
「我が社はレンタル業の会社ではなく、企画会社」。増田はそう言い切る。TSUTAYAは、DVDを貸す場所ではない。それは「自分の生き方を探す場所」なのだと。
外から見れば、CCCはレンタルチェーンであり、ポイントカードの会社に見える。だが本人の認識はまったく違う。CCCがやっているのは一貫して「ライフスタイルの提案」であり、レンタルもポイントも、そのための手段のひとつにすぎない——この自己定義のズレを理解しないと、なぜCCCが本屋を美術館のようにつくり、やがてラウンジまで運営しはじめるのかが見えてこない。
Tポイントという「もうひとつの発明」
CCCの企画会社としての一面が、最も大きなスケールで現れたのがTポイントだ。
2003年、CCCは共通ポイントサービス「Tポイント」を始める。一つの店で貯めたポイントを、業種をまたいで別の店で使える。いまでは当たり前の「共通ポイント」だが、その先駆けがTポイントだった。提携先はコンビニ、ガソリンスタンド、飲食、ネット通販へと広がり、T会員は2014年に5,000万人、2019年には7,000万人を突破する。提携企業は数千社規模に達した。
増田にとってTポイントは、単なる販促ツールではなかった。「誰が、いつ、何を買い、何を借りたか」というデータの集積——つまり、人々のライフスタイルそのものを映す巨大なデータベースだった。レンタル店のレジで貯まる小さなポイントは、いつのまにか日本最大級の購買データ網になっていた。「文化をコンビニのように」届ける会社は、同時に「人々の好みを束ねるプラットフォーム」の会社でもあったのだ。
700億円で、自分の会社を買い戻す
2000年に株式を上場したCCCは、2011年、思い切った手に出る。増田が代表を務める会社を通じて株式を買い集め、約700億円を投じて上場を廃止した。いわゆるMBO(経営陣による自社買収)である。
背景には、DVD・CDレンタルの値下げ競争と、TSUTAYA既存店売上の連続前年割れがあった。短期的な株主の目を気にしていては、思い切った業態転換も大型投資もできない。上場をやめてでも、中長期で会社をつくり変える自由がほしい——増田はそう判断した。ちょうどこの2011年に、代官山 蔦屋書店が開業している。古い柱を手放す決断と、新しい柱を立てる挑戦が、同じ年に重なっていた。
配信の津波——レンタルという土台が消えた
CCCの転換を語るうえで、避けて通れない数字がある。
DVD・CDレンタル市場は、2007年に約3,604億円の規模があった。それが2022年には約572億円にまで縮んだ。15年で8割以上が消えた計算になる。2015年のNetflix日本上陸が決定打だった。わざわざ店まで行き、棚から探し、借りて、返す。その一連の行為が、スマートフォンの中のボタンひとつに置き換わった。「店に行く理由」そのものが蒸発したのだ。
結果として、TSUTAYAの店舗数は減り続けている。集計の基準や時点によって数字には幅があるが、ピーク時の1,400店超から、近年は600〜700店台へと大きく減った。レンタルを実施する店舗となると、さらに少ない。
ここでCCCがとった道は、レンタルにしがみつくことでも、ただ縮小することでもなかった。「借りる場所」を、「過ごす場所」「発想する場所」へとつくり変えること。その最初の、そして最も鮮烈な答えが、代官山にあった。
代官山 蔦屋書店——本屋の再発明(2011年)
2011年12月、代官山に蔦屋書店が開業した。それは、日本の本屋の歴史におけるひとつの分岐点になった。

コンセプトは「森の中の図書館」
代官山 蔦屋書店が掲げたコンセプトは「森の中の図書館」だった。緑に囲まれ、季節を感じ、コーヒーの香りのなかで、大人が本を通じて豊かな暮らしのヒントを見つける。
そのターゲットを、CCCは「プレミアエイジ」と呼んだ。団塊世代を中心とする、時間と教養と購買力をあわせ持つ成熟した大人たち。若者向けの量販店でも、効率優先の駅前書店でもない。「人生の後半をどう豊かに過ごすか」を考える世代に向けて、本屋を一からつくり直す。これが代官山の出発点だった。
八十社のコンペと、白い「T」のファサード
この野心的なプロジェクトの建築設計を担ったのが、東京を拠点とする設計事務所、クライン ダイサム アーキテクツ(Klein Dytham architecture、通称KDa)だ。アストリッド・クラインとマーク・ダイサムが率いるこの事務所の案は、八十社が参加したとされる提案コンペを勝ち抜いて選ばれた。施工面では国内の設計事務所RIAが共同で関わっている。
KDaが出した答えは、いま見ても鮮やかだ。建物の壁を、無数の小さな「T」を編んだ白いスクリーンで覆う。看板を掲げるのではなく、建物そのものを店のロゴ=サイネージにしてしまう。遠くから見れば白い大きな「T」が浮かび、近づけば細かな格子の表情が現れる。三棟は旧山手通りから段状にセットバックし、もともとあった大木や街路樹のあいだに滑り込ませるように配置された。一つの巨大な箱にせず、街の緑の連続を断ち切らない。「森の中の図書館」という言葉が、建築の輪郭そのものに翻訳されている。

原研哉のサイン、池貝知子のディレクション
代官山が一軒の傑作になったのは、建築家だけの力ではない。複数の一流のクリエイターが、それぞれの領域を受け持った。
施設全体のクリエイティブ・ディレクションを担ったのは池貝知子。空間デザインからイベント、サービスのあり方までを束ね、「蔦屋書店という体験」全体を設計した。そしてサインやロゴをはじめとするグラフィックのアートディレクションを手がけたのが、原研哉だ。無印良品のアートディレクションでも知られ、「白」を突き詰めるデザイナーとして名高い原の感性は、白を基調とした代官山の佇まいと深く響き合っている。
つまり代官山 蔦屋書店は、建築(KDa)・空間統括(池貝知子)・グラフィック(原研哉)という、それぞれの分野の第一人者が一つの場所で交わった結晶だった。後述するように、これは偶然ではない。CCCが「デザインに賭ける会社」であることの、最初の宣言だった。
マガジンストリート、六つのジャンル、三十六人のコンシェルジュ
中身もまた、それまでの本屋の常識から外れていた。
三棟を貫いて全長五十五メートルにおよぶ「マガジンストリート」が走り、国内外の雑誌が三万冊規模で並ぶ。フロアは効率順ではなく、人文・文学/アート・デザイン/建築/車/料理/旅行という六つのジャンルで編集されている。料理書の近くには調理道具が、旅の本の近くには関連するモノが置かれ、本が「暮らしの文脈」のなかに置き直されている。
決定的だったのは「人」だ。各ジャンルに精通したコンシェルジュが、開業時で三十六人も配置された。料理に詳しい人、旅に詳しい人、車に詳しい人。彼らは単なる店員ではなく、その分野の専門家として、客の関心を聞き、本を選び、提案する。本を探すのではなく、人と話しながら出会う。検索エンジンが本を瞬時に見つけてくれる時代に、CCCはあえて「人による提案」という、最も手間のかかる仕組みを書店の中心に据えた。
書籍の総在庫はおよそ十四万冊。三号館の一階にはスターバックスが入り、買う前の本を読みながらコーヒーを飲める。そして二号館の二階には、ライブラリーラウンジ「Anjin(アンジン)」がある。
ラウンジ「Anjin」——水先案内という名前
「Anjin」という名前には意味がある。江戸時代初期、徳川家康の外交顧問を務めた英国人航海士ウィリアム・アダムスは、日本で三浦按針(みうら・あんじん)と名乗った。「按針」とは羅針盤、つまりコンパスを意味する。文化の海を渡るための水先案内——それがこのラウンジの名に込められた思いだ。
壁面には、創刊号や数十年前のバックナンバーを含む膨大なヴィンテージ雑誌が並ぶ。古い雑誌を紙のまま手に取り、コーヒーやアルコールとともに過ごせる。多くは購入もできる。本を「情報」としてではなく「時間」として味わう空間。代官山が後のSHARE LOUNGEへとつながる、最初の予兆がここにある。
旧来の本屋と、何が違ったのか
従来の本屋は、限られた床面積でいかに多くの本を売るかを競ってきた。新刊を平積みにし、回転率の悪い本は返品し、売れ筋を入口に置く。売り場効率の最大化が正義だった。
代官山が逆転させたのは、この前提そのものだ。本を売る効率ではなく、客が過ごす時間の質を最大化する。長居されることを嫌うのではなく、長居したくなることを目的にする。「モノを売る場」から「コトを体験する場」へ、「買い物に行く場」から「過ごしに行く場」へ。増田の言う「ライフスタイルの提案」は、ここで初めて、誰の目にも見える建築と空間になった。
代官山 蔦屋書店は国内外で高く評価され、米メディアが選ぶ「世界の美しい書店」に日本から選ばれるなど、デザイン賞も相次いで受賞した。一軒の本屋が、世界の建築・デザインの文脈で語られる。それ自体が、この店の達成を物語っている。
なぜCCCは、デザインに賭けるのか
代官山の成功は、偶然ではない。その背後には、増田宗昭のはっきりした思想がある。
2014年、増田は『知的資本論——すべての企業がデザイナー集団になる未来』という本を出した。タイトルがそのまま主張になっている。これからの時代、企業の価値を決めるのは設備でも資金でもなく、「知的資本」——つまり提案する力、編集する力、デザインする力だ。だからすべての企業は、デザイナーの集団にならなければ生き残れない。
増田は社員に向けてこう書く。営業部にいようが経理部にいようが、そんなことは関係ない。企画マンになれ、デザイナーになれ、そして自由を生き抜く覚悟を持て、と。これは比喩ではなく、経営の根本方針だ。代官山で一流のクリエイターを集めたのも、その後の各店で名のある建築家と組み続けるのも、この思想の実践にほかならない。
そしてもうひとつ、増田には「第三のステージ」という時代認識がある。モノが足りない時代は、つくれば売れた(第一のステージ)。モノがあふれる時代は、品揃えと売り場が価値を持った(第二のステージ)。だがすべてが手に入る時代になると、人はむしろ「選べない」ことに困る。だからこれからは、選ぶのを手伝う——つまり「提案する」ことが価値になる(第三のステージ)。コンシェルジュも、ジャンル横断の編集も、すべてはこの「提案の時代」への賭けなのだ。
興味深いのは、増田が「もともと書店の専門ではないからこそ、既存の書店が考えない新しい書店を構想できた」と語っていることだ。素人であることを弱みではなく強みに読み替える。イノベーションは「外の視点」から起こる——この信念が、本屋を、家電店を、図書館を、そしてラウンジを、次々と再発明させていく原動力になっている。
T-SITE——同じ思想を、土地ごとに翻訳する
代官山で確立した「過ごす本屋」の思想は、やがて各地の「T-SITE」へと展開していく。面白いのは、同じ思想でありながら、土地ごとにコンセプトを変えて翻訳していることだ。
湘南 T-SITE(2014年・藤沢)——ロードサイドの未来形
2014年、神奈川県藤沢市に湘南 T-SITEが開業した。工場跡地の広い敷地に、蔦屋書店を核として三十ほどの生活提案の店が集まり、すべての店に本があるシームレスな空間になっている。総合デザインディレクションは代官山と同じKDa、設計は日本設計が担った。
代官山が都市の「森の中の図書館」だったのに対し、湘南は郊外・ロードサイド型だ。海とともに暮らす湘南のスローライフに寄り添い、「ロードサイド開発の未来形」を提示した。車で来て、一日のんびり過ごす。郊外の大型商業施設に、過ごす価値をどう埋め込むか——その実験場でもあった。
枚方 T-SITE(2016年)——発祥の地への凱旋
そして2016年、CCCは大阪府枚方市に枚方 T-SITEを開く。これは特別な一軒だ。なぜなら枚方こそ、1983年にTSUTAYA一号店が産声をあげた、蔦屋発祥の地だからである。

枚方 T-SITEは地上八階・地下一階という大型施設で、蔦屋書店を核に、ファッション・雑貨・飲食など四十を超える専門店が入る。コンセプトは「街のリビング」。本棚がつくる通りに、多様な商品とサービスが織り込まれている。
一号店が映画・音楽・本でライフスタイルを提案してから三十三年。その同じ場所に、最大級のライフスタイル提案施設として帰ってきた。小さな貸レコード店から始まった物語が、八階建ての「街のリビング」になって故郷に戻る——増田にとって、これは事業の達成を象徴する凱旋だったはずだ。

柏の葉 T-SITE(2017年)——子育て世代の暮らし
2017年には千葉県の柏の葉キャンパスに、柏の葉 T-SITEが開業する。設計は日本設計とKDaの共同。ここでのコンセプトは「子どものいる暮らし」だ。家型を連ねたような分節された建築が、隣接する親水空間「アクアテラス」の水辺の風景と連続する。
プレミアエイジの代官山、スローライフの湘南、発祥の地・枚方、子育て世代の柏の葉。同じ「過ごす本屋」でありながら、その土地に暮らす人の生き方に合わせて、提案の中身を変える。T-SITEのシリーズは、CCCの「土地ごとの翻訳」という方法論をはっきり示している。
都市と地方へ——形を変える「過ごす場」
T-SITEと並行して、CCCは都市の大型商業施設や地方都市にも、形を変えながら「蔦屋書店」を展開していった。
函館 蔦屋書店(2013年)——地方の「生活提案基地」
代官山の翌々年、2013年に開業した函館 蔦屋書店は、代官山のコンセプトを地方で展開する全国第一号と位置づけられている。設計は梓設計。

函館 蔦屋書店は、書店を核に化粧品店、スターバックス、輸入食品店、アウトドア用品店、コンビニなどを併せ持つ複合施設だ。注目すべきは、その地域密着の徹底ぶりにある。「物を売る場ではなく、人が集まる場」を掲げ、自然に人が滞在できるスペースやキッズパーク、音響と大画面を備えたステージを設けた。さらに地元のタウン誌を創刊し、無料で配布。このフリーペーパーは日本のタウン誌・フリーペーパーの賞で大賞を受賞している。
人口が減り、若者が出ていく地方都市で、まちの人が集まる「もうひとつの居場所」をどうつくるか。函館は、その問いへのCCCなりの答えだった。
梅田 蔦屋書店(2015年)——都心の知の広場
2015年、大阪のグランフロント大阪に梅田 蔦屋書店が開業する。関西最大級のターミナル・梅田の、新しい都市開発の中核に組み込まれた書店だ。

通勤・通学で日々何十万人もが行き交う大ターミナルに、座って過ごせる本屋を置く。乗り換えのついでに、待ち合わせのついでに、ふらりと立ち寄って時間を過ごす。都市の動線のなかに「知の広場」を差し込む試みであり、後のSHARE LOUNGEが都市部のオフィスワーカーに刺さる素地は、この頃から準備されていた。
銀座 蔦屋書店(2017年)——アートのある暮らし
2017年、銀座の大型複合施設GINZA SIXの六階に、銀座 蔦屋書店が開業する。これは数ある蔦屋書店のなかでも、とりわけ尖った一軒だ。

フロア面積はおよそ七百坪。掲げるコンセプトは「アートのある暮らし」、そして「アートの民主化」だ。美術書や写真集を中心に約六万冊を揃え、ギャラリーを併設し、日本刀まで売る。空間の象徴となっているのは、日本建築の「櫓(やぐら)」をイメージした、高さ六メートルの書架に囲まれた吹き抜けだ。本の壁にぐるりと囲まれた空間は、もはや書店というより、本でできた一個の建築のようだ。

スターバックスのリザーブバーを併設し、世界のアートオークションのカタログをアーカイブする。アートは一部の富裕層のものという通念を、銀座という最も敷居の高い街で、あえて「暮らしのなかのアート」として開いてみせる。CCCの「提案」が、最も先鋭的に表れた一軒だ。
中目黒 蔦屋書店(2017年)——高架下のクリエイティブエンジン
同じ2017年、中目黒駅の高架下に中目黒 蔦屋書店が開業する。これは東急の「中目黒高架下」という再開発プロジェクトの核として生まれた。電車の高架という、それまで活用されにくかった都市の隙間を、本屋を中心とした文化の場に変える試みだ。
高架下の開発は「ひとつ屋根の下で」という発想のもと、高架橋を一枚の大きな屋根に見立て、連続する軒先のもとで人々の交わりが自然に生まれるよう設計された。蔦屋書店自身は「中目黒のクリエイティブエンジン」を名乗り、店内を「会う・話す・働く・共有する」という機能で編集した。本屋が、創作と交流のエンジンになる。クリエイターの街・中目黒にふさわしい解釈だった。
蔦屋家電(2015年)——「ライフスタイルを買う」家電店
そして、CCCの「提案」という思想が、本以外の領域に飛び火した好例が、二子玉川の蔦屋家電だ。2015年、二子玉川ライズに開業した。

蔦屋家電が掲げたのは「ライフスタイルを買う家電販売店」という逆説だった。家電量販店は、スペックと価格を比べて買う場所だ。だが蔦屋家電は、家電を「本」や「インテリア」「観葉植物」とともに並べる。コーヒーメーカーの近くにコーヒーの本があり、暮らしの提案のなかに製品が置かれる。各エリアには専門のコンシェルジュが常駐し、製品の機能ではなく「その製品のある暮らし」を語る。

さまざまなサイズの路地と広場を配し、ゾーニングと照明で「小さな町を歩く感覚」を演出する。家電すら「暮らしの提案」の文脈に置き直す——蔦屋書店で磨いた編集の方法論が、本というジャンルを軽々と越えて応用できることを、蔦屋家電は証明した。
何が人を惹きつけるのか——「居たくなる」の正体
ここまで各地の蔦屋書店を見てきた。では結局のところ、人々は蔦屋書店の何に惹きつけられているのか。「居たくなる」という感覚の正体を、少し分解してみたい。
ひとつは、長居が許されているという安心感だ。買わなければ申し訳ない、という圧がない。スターバックスのコーヒーを片手に、買う前の本を開いて、何時間でも座っていられる。多くの店にスターバックスが併設されているのは偶然ではない。コーヒーは「滞在の口実」であり、長居を正当化する装置なのだ。
ふたつめは、空間そのものの心地よさだ。明るすぎない照明、ゆったりした椅子、本の壁がつくる落ち着き、控えめなBGM。什器も照明も、効率ではなく居心地のために選ばれている。蔦屋家電の「小さな町を歩く感覚」のように、歩き回ること自体が楽しい設計になっている。
みっつめは、発見の喜び——セレンディピティだ。目当ての本を最短で買うなら、ネット書店のほうが速い。だが蔦屋書店では、料理の棚で旅の本に出会い、旅の棚で思いがけない写真集に出会う。ジャンルを横断して編集された棚と、専門知識を持ったコンシェルジュは、「探していなかったものに出会う」確率を意図的に高めている。アルゴリズムが「あなたが好きそうなもの」を差し出す時代に、蔦屋書店は「あなたがまだ知らないもの」を差し出そうとする。
そして四つめが、第三の場所(サードプレイス)としての役割だ。家でも職場でもない、自分のための居場所。図書館ほど静粛ではなく、カフェほど落ち着かなくもない、その中間にある場所。人は本を買いに来ているようでいて、実は「自分のための時間と場所」を買いに来ている。増田の言う「自分らしさを探す場所」とは、まさにこのことだ。
そして、働き方へ——SHARE LOUNGE(2019年〜)
「過ごす場所」を突き詰めてきたCCCが、いま最も力を入れているのが、SHARE LOUNGE(シェアラウンジ)だ。これは「本に囲まれて働き、くつろぐ」という、新しい時間の過ごし方の提案である。
「時間を売る」というビジネス
SHARE LOUNGEの一号店は、2019年11月、渋谷スクランブルスクエアに開業した。コンセプトは「発想が生まれ、シェアする場所」。
仕組みはシンプルだ。料金は時間制で、おおむね一時間あたり千円から千六百円台(店舗により異なる)。その代わり、コーヒーや紅茶、スープ、フルーツといったフリードリンクと、ナッツやチョコレートなど二十種ほどのフリースナックが付く。店舗によってはビールなどのアルコールも置く。高速Wi-Fiと電源、モニターの貸し出しも揃い、飲食物の持ち込みも自由だ。テーブル、ソファ、カウンターと多様な席が用意され、一人あたりの机の幅もゆったりとってある。
レンタルが「モノを貸して、お金をもらう」ビジネスだったとすれば、SHARE LOUNGEは「時間と場所を貸して、お金をもらう」ビジネスだ。CDやDVDという媒体が配信に消えても、「心地よく過ごせる時間」への需要は消えない。むしろリモートワークが広がり、家でも職場でもない場所で働きたいという人が増えた。CCCは、レンタルで失った土台を、まったく別の「時間を売る」モデルで埋め直そうとしている。
旗艦店、そして「三年で百店」
2022年12月には、東京駅前の丸ビルに旗艦店が開業した。約二百二十席という、TSUTAYAとして国内最大級の規模だ。CCCはSHARE LOUNGEを「今後三年で百店舗」に広げる目標を掲げ、商業施設だけでなく、オフィスビル、ホテル、さらにはマンションの一階へと展開先を広げている。住む場所のすぐ下に、本に囲まれた仕事場がある——そんな暮らしの提案だ。
蔦屋書店の店内に併設される形から始まったSHARE LOUNGEは、いまや単独の業態として全国に広がりつつある。レンタルを縮小した店舗を、SHARE LOUNGEに改装する動きも進む。実際、当初はレンタルと書店とラウンジを併設して「何の店か分かりづらい」と言われた店が、全面的にラウンジ化したところ業績が好転した、という例も報告されている。
WeWorkとの違い——「過ごす」に価値を置く
SHARE LOUNGEは、しばしばコワーキングスペースと比較される。だが、WeWorkに代表される会員制シェアオフィスとは、思想がはっきり違う。
会員制オフィスは、月額契約で「働く場所」を確保するサービスだ。一方SHARE LOUNGEは、契約のいらない時間制で、ふらりと立ち寄れる。そして何より、本に囲まれている。仕事に行き詰まったら棚から本を一冊抜いてヒントを探し、コーヒーを淹れ直し、また机に戻る。効率的に働くための箱ではなく、「発想が生まれる時間」を過ごすための空間。CCCはレンタルも空間ビジネスも「生活提案」という一点で同じだと言う。SHARE LOUNGEは、その思想を「働き方」の領域に持ち込んだ、最新の翻訳なのだ。
このSHARE LOUNGEは、もはや全国に広がっている。自習や作業の場所として、当サイトでも各地の店舗を施設として収録している。
京都 蔦屋書店 SHARE LOUNGE★4.2(72件)・京都河原町駅 徒歩1分・8:30〜21:00 詳細を見る SHARE LOUNGE TSUTAYA BOOKSTORE 川崎駅前店★3.9(91件)・京急川崎駅 徒歩3分・9:00〜21:00 詳細を見る SHARE LOUNGE 新潟万代★4.3(64件)・新潟駅エリア・時間制カフェラウンジ&コワーキング 詳細を見る SHARE LOUNGE TAKAMATSU ORNE★4.2(37件)・高松駅 徒歩1分・駅直結のラウンジ 詳細を見る影もまた、提案の一部——TSUTAYA図書館という問い
CCCの提案は、いつも称賛だけを集めてきたわけではない。むしろ、最も激しい議論を呼んだのが、公共図書館への進出だった。
2013年、CCCは佐賀県の武雄市図書館の運営を引き受け、年中無休・夜九時まで開館し、館内に蔦屋書店とスターバックスを併設するという、それまでの公共図書館の常識を覆す運営を始めた。来館者は激増し、図書館が観光資源にすらなった。だが同時に、開館時の選書に古い実用書や地域に無関係なガイドが混ざっていた問題、独自分類による検索のしにくさ、営利企業が公共の蔵書を扱うことへの懸念などが噴出し、「ツタヤ図書館問題」という言葉まで生まれた。
ここで詳しくは立ち入らない。重要なのは、これもまたCCCの「提案」のひとつの形だったということだ。本屋で成功した「居たくなる空間」の思想を、公共図書館という、まったく性格の異なる領域に持ち込んだ。その結果、「滞在の心地よさ」と「資料としての確かさ」という二つの価値がぶつかり、社会全体を巻き込む議論になった。賛否はともかく、半世紀ほとんど変わらなかった日本の公共図書館像に、これだけの議論を起こしたこと自体が、CCCという会社の影響力の大きさを物語っている。
この公共図書館をめぐる十年と賛否の論点については、別の特集で詳しく扱っている。
CCC/蔦屋書店(改修)・2013年「T」を手放す日——データからリアルへの回帰
CCCの近年の動きを象徴する、もうひとつの出来事がある。Tポイントの終わりだ。
2003年に共通ポイントの先駆けとして生まれ、七千万人を束ねたTポイント。それが2024年4月、三井住友フィナンシャルグループ系のVポイントと統合され、「Vポイント」へと一本化された。「Tポイント」という名称は消えた。ポイント事業を運営する会社の主導権も、CCCから金融側へと移っていった。
これは、CCCの自己定義を考えると、きわめて象徴的な転換だ。CCCはずっと、「文化(蔦屋書店)」と「データ(Tポイント)」という二つの車輪で走ってきた。リアルな空間で人々のライフスタイルを提案しながら、その購買データを束ねてプラットフォームを築く。その片方の車輪、データ事業を手放したのだ。
裏を返せば、CCCはいま、もう一方の車輪——リアルな空間と提案の力に、改めて賭けようとしている。配信にレンタルを奪われ、金融にデータを譲り、それでもなお残る自分たちの強みは何か。それは、人が実際に足を運び、時間を過ごしたくなる場所をつくる力だ。蔦屋書店であり、SHARE LOUNGEであり、増田が代官山で証明してみせた「居たくなる空間」を編集する力。CCCは原点に回帰しつつある。
なお増田は2023年、二十四年ぶりに社長の座を後進に譲り、会長として会社を見守る立場に移った。一号店から四十年。創業者が前線を退いた後も、CCCが「提案する会社」であり続けられるかどうかが、これからの最大の問いになる。
これからの蔦屋書店——物理空間の意味を、問い続ける
すべてがスクリーンの中で完結する時代に、なぜわざわざ建物をつくり、人を雇い、場所を維持するのか。蔦屋書店の歴史は、この問いへの答えを、二十年以上にわたって更新し続けてきた記録でもある。
本は、ネットでも買える。映画は、配信で観られる。情報は、検索すれば出てくる。それでも人は、白い「T」の壁の前に立ち、本の壁に囲まれた吹き抜けを見上げ、ナッツをつまみながらラウンジで仕事をする。そこにあるのは、効率では測れない「過ごす時間の質」だ。CCCが売っているのは、最後まで一貫して、本でもDVDでもポイントでもなく、その時間と場所だった。
これからCCCがどこへ向かうかは、まだ誰にもわからない。SHARE LOUNGEが本当に百店に届くのか。地方の蔦屋書店が、まちの居場所として持続できるのか。創業者なきあとも、提案する力を保てるのか。確かなのは、「本屋とは何か」「働く場所とは何か」「居場所とは何か」を問い直す実験を、CCCがこれからもやめないだろうということだ。その問いに付き合うことは、私たちが「どこで、どんな時間を過ごしたいか」を考え直すことでもある。
代官山の白い壁の前に立つとき、私たちが見ているのは、一軒の美しい本屋であると同時に、ひとつの問いそのものなのだ。
蔦屋書店・SHARE LOUNGEの楽しみ方のヒント
- 蔦屋書店は、購入前の本を読みながら過ごせる店が多くあります。スターバックス併設店なら、コーヒー片手にゆっくり滞在できます。
- 作業や勉強で長く滞在したいなら、時間制のSHARE LOUNGEが向いています。フリードリンク・電源・Wi-Fiが揃い、料金は時間に応じて支払う仕組みです。
- 同じ「蔦屋書店」でも、店舗ごとにコンセプトや得意ジャンルが大きく異なります。アートなら銀座、家電と暮らしなら二子玉川、というように、目的に合わせて選ぶのがおすすめです。
- 撮影の可否や滞在ルール、営業時間は店舗ごとに違います。来店前に各店の公式サイトでご確認ください。
よくある質問
Q. CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)とはどんな会社ですか? A. TSUTAYA・蔦屋書店・SHARE LOUNGEを展開する企業です。1985年に増田宗昭が設立しました。社名は Culture(文化)・Convenience(利便)・Club(会員制)の頭文字で、「文化をコンビニのように身近に届ける」という意味が込められています。自らを「モノを売る会社」ではなく「ライフスタイルを提案する企画会社」と定義しているのが特徴です。
Q. 代官山 蔦屋書店は誰が設計したのですか? A. 建築設計はクライン ダイサム アーキテクツ(Klein Dytham architecture)とRIAの共同です。白い「T」を編んだファサードで知られます。施設全体のクリエイティブ・ディレクションは池貝知子、サインやロゴなどのアートディレクションは無印良品でも知られる原研哉(日本デザインセンター)が手がけました。2011年12月オープンで、米メディアの「世界の美しい書店20選」に日本から選ばれています。
Q. SHARE LOUNGE(シェアラウンジ)とは何ですか?普通のカフェやコワーキングと何が違いますか? A. 蔦屋書店などが展開する時間制のラウンジです。2019年に渋谷で1号店が開業しました。フリードリンクやナッツ・お菓子、高速Wi-Fi、電源を備え、料金は時間制(おおむね1時間1,000〜1,650円前後、店舗により異なる)です。会員契約が前提のコワーキングと違い、ふらりと立ち寄って「本に囲まれて作業・商談・休憩する時間そのもの」を買う点が特徴です。
Q. TSUTAYAのレンタル店はなくなっていくのですか? A. 動画・音楽配信の普及でDVD・CDレンタル市場は2007年の約3,604億円から2022年の約572億円へ大きく縮小し、店舗数も減り続けています。一方でCCCは、レンタルに代わる柱として蔦屋書店やSHARE LOUNGEといった「過ごす場所・発想する場所」へ事業の重心を移しています。レンタルの縮小と、滞在型・提案型空間への転換が同時に進んでいるのが現状です。
Q. 「蔦屋」という名前は、江戸時代の蔦屋重三郎に由来するのですか? A. 直接の由来は、創業者・増田宗昭の祖父が営んでいた置屋の屋号「蔦屋」です。増田自身は、江戸の版元・蔦屋重三郎との関係は「後付け」だと語っています。一号店オープン当日に届いた『広辞苑』の「蔦屋」の項目のファックスをきっかけに、重三郎を「現代のプロデューサー」の理想像として重ね合わせるようになったとされます。
調査方法・写真について
本記事は、CCC・蔦屋書店・SHARE LOUNGEの公開情報、新聞・雑誌・ウェブメディア等の公表資料、創業者・増田宗昭の著書および各種インタビュー、設計者・自治体の公開情報などを参照し、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。店舗数や市場規模などの数字は、集計の基準・時点によって資料間で幅があるため、本文では「およそ」「諸説あり」といった形で扱っています。設計者・デザイナーは公式のクレジット情報に基づいて記載しました。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。最新の営業状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。
もっと探す
- CCCが運営する公共図書館の10年と賛否は 蔦屋書店が公共図書館を変えた で詳しく扱っています。
- 建築が主役の特集は 建築が美しい・おしゃれな図書館8選 もどうぞ。
- 建築家別では 伊東豊雄の図書館・隈研吾の図書館 も。
- 本に囲まれて作業できる 全国のカフェ・ワークスペースを探す・コワーキングスペースを探す
店舗の運営状況・営業時間・サービス内容は変更される場合があります。来店前に各施設の公式サイトで最新情報をご確認ください。