世界の美しい図書館14選では、天井画や黄金の書架で「知」を神のように祀った、歴史的な図書館を巡りました。けれど20世紀から現在にかけて、図書館はまったく別の方向へと進化していきます。
本を静かに保存する「書庫」から、人が集い・学び・交流する「街の広場」へ。本棚は壁の奥に隠すものではなく、建築の主役として堂々と見せるものになりました。駐車場の壁を本の背表紙で覆い、ショッピングモールの真ん中に高さ13メートルの書架を立て、図書館の中に森や芝生をつくる——。この特集(世界の図書館シリーズ第2弾)では、そんな20〜21世紀の現代図書館を13館、写真とGoogleマップ付きのカードで巡ります。
まずは、その出発点となった一館から始めましょう。
モダニズムの源流——ヴィープリ図書館
現代図書館建築の物語は、フィンランドの巨匠アルヴァ・アアルトの若き日の作品から始まります。
1935年ヴィープリ図書館(アアルト図書館)
Viipuri / Vyborg Library, Alvar Aalto
1935年に完成した、モダニズム図書館建築の記念碑です。閲覧室の天井には円形のトップライトがいくつも穿たれ、直射ではないやわらかな自然光が本の上に降りそそぎます。講堂の波打つ木の天井は、声が均等に届くよう音響を計算して設計されたもの。機能主義に「人間へのやさしさ」と自然光の繊細さを持ち込んだこの建物は、その後のアアルト建築、そして現代図書館全体の出発点になりました。第二次大戦後の国境変更でフィンランド領からソ連(ロシア)領となり、長い荒廃を経て、両国協働の修復で蘇った数奇な歴史も持っています。
写真: Ludvig14 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るここから、図書館建築は二つの大きなテーマへと展開していきます。ひとつは「本棚そのものを見せる建築」、もうひとつは「街の広場としての図書館」です。
第1章 本棚を、建築にする
現代図書館の最大の発明は、本棚を建築の主役にしたことかもしれません。かつて天井画や彫像が担っていた「知の象徴」の役割を、現代では本の集積そのものが引き受けます。書架は、構造であり、風景であり、ときに広告にもなりました。
ベイネッケ稀覯本図書館(アメリカ)
1963年ベイネッケ稀覯本図書館
Beinecke Rare Book & Manuscript Library, Yale
外壁に窓がありません。そのかわり、厚さわずか3センチほどのヴァーモント産大理石のパネルが壁となり、昼間は外光をやわらかな琥珀色の光として室内に透過させます。紫外線と熱を遮りながら光だけを通すこの「石のランプシェード」が、貴重書を傷めずに包み込むのです。中央には6層のガラス張りの書塔がそびえ、約18万冊の稀覯書が宝物のように展示されています。設計者バンシャフトは、この建物を「宝物を納める箱(トレジャー・カスケット)」になぞらえました。本を守り、同時に荘厳に見せる——現代モダニズムの傑作です。
写真: Gunnar Klack / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るビブリオテカ・バスコンセロス(メキシコ)
2006年ビブリオテカ・バスコンセロス
Biblioteca Vasconcelos
全長250メートルを超える大聖堂のような吹き抜けに、鉄骨の書架が宙に浮かんでいます。床に置かれるのではなく、上下から吊られた「浮かぶ本棚」が、背骨の椎骨のように連なる光景は、まるでSF映画のセットのよう。中央の通路の上には、芸術家ガブリエル・オロスコによる本物のクジラの骨格彫刻が吊り下げられ、表面には鉛筆で同心円が描かれています。建物の周囲と内部には植物園が広がり、緑が知の空間に侵入してきます。賛否を呼びながらも、メキシコシティを象徴する近未来空間になりました。
写真: Correogsk / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るスターフィールド別マダン図書館(韓国)
2017年スターフィールド別マダン図書館
Starfield Library, COEX Mall
巨大ショッピングモールの中心の吹き抜けに、高さ13メートルの本棚が3基そびえ立ちます。約7万冊の蔵書と600種以上の雑誌を備え、入場は無料。買い物客が行き交うモールのど真ん中に「無料の文化広場」を置くという発想で、たちまちソウル屈指の人気スポットになりました。天井まで届く圧倒的な書架は、写真映えする待ち合わせ場所であり、商業空間に図書館を溶け込ませた新しい図書館のかたちでもあります。
写真: Sean Young / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るカンザスシティ公共図書館(アメリカ)
2004年カンザスシティ公共図書館「コミュニティ・ブックシェルフ」
Kansas City Public Library, Community Bookshelf
中央図書館に隣接する立体駐車場の壁が、巨大な本の背表紙22冊で覆われています。1冊あたり高さ約8メートル。並ぶタイトルは『アラバマ物語』『シャーロットのおくりもの』など、市民の推薦をもとに図書館が選んだ42作です。無味乾燥な駐車場の壁を、街の本棚に変えてしまう——機能とウィット、そして市民参加が一体になった、図書館の象徴化のもっとも直接的な例です。
写真: Charvex / Public domain / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見る広州図書館(中国)
2012年広州図書館
Guangzhou Library
広州オペラハウスなどが並ぶ都市文化軸に立つ、世界最大級の開架式公共図書館です。蔵書はおよそ840万点、座席は4000席という桁外れの規模。湾曲した外壁は「積み上げられた本」をモチーフにした「美しい本」というコンセプトで、建物全体が本の集積を表現しています。南北2棟と間のアトリウムで漢字の「之」の字をかたどる構成も特徴です。本そのものを建築の表情にした、巨大なスケールの一館です。
写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るTU Delft 図書館(オランダ)
1997年デルフト工科大学図書館
TU Delft Library
建物の大部分が地中に埋まり、芝生の屋根が一枚の紙をめくり上げたように傾斜しています。人はその丘を歩いて登れ、夏はくつろぎ、冬はそり遊びの場になります。丘を貫いて突き出すのは、高さ40メートルの鋼鉄の円錐。工学の象徴であるその内部には螺旋階段と閲覧室があり、頂部から光が落ちてきます。内部では深い青の壁を背に、巨大な書架が宙吊りで連なります。「建築が風景になる」緑化屋根の先駆けとして知られています。
写真: TheSpeedX / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見る第2章 図書館は「街のリビング」になった
現代図書館のもうひとつの大きな変化は、その役割です。本を借りる場所から、滞在し、働き、人と出会う「街のリビング」へ。多くの現代図書館は、賑やかな下層から静かな上層へとグラデーションを描き、音楽スタジオや映画館、3Dプリンタまで備えています。そして、その存在感は都市のランドマークになりました。
デンマーク王立図書館「ブラック・ダイヤモンド」(デンマーク)
1999年デンマーク王立図書館「ブラック・ダイヤモンド」
The Black Diamond, Royal Danish Library
ウォーターフロントに立つ、黒く磨かれた花崗岩に覆われた歪んだ箱。研磨された外壁が運河の水面に映り込み、まさに「黒い宝石」のようにきらめきます。アフリカ産の黒花崗岩を北イタリアで切削・研磨して貼り上げた外装の内側には、600席のホール、展示室、書店、カフェ、屋上テラスが収まります。コペンハーゲンのウォーターフロント文化施設群の先駆けとなった、図書館を都市の宝石として象徴化した一例です。
写真: Colin / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るDeichman Bjørvika オスロ中央図書館(ノルウェー)
2020年Deichman Bjørvika(オスロ中央図書館)
Deichman Bjørvika
オペラハウスに隣接するウォーターフロントに立つ、オスロの新しい中央図書館です。上階が約20メートルも前面に張り出し、入口の広場に大きな庇をつくります。館内は3本の斜めの光のシャフトが各階と街路をつなぎ、上に行くほど静かで思索的になるよう構成されています。約45万冊の蔵書に加え、音楽スタジオ・映画館・3Dプリンタまで備えた、まさに「広場としての図書館」の代表例です。
写真: Ssu / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るカルガリー新中央図書館(カナダ)
2018年カルガリー新中央図書館
Calgary Central Library
驚くべきことに、この図書館は走行中の路面電車(LRT)の線路の真上に建っています。地上から地下へカーブして潜る線路をまたぐように建ち、分断されていた2つの地区を「橋」のようにつなぎ直しました。六角形のガラスと金属のパネルで覆われた外観は、地域特有の雲の現象をかたどったもの。入口は地元産の木の大きなアーチで、内部は木の階段が角度をずらして重なる吹き抜けが広がります。インフラと建築を融合させ、都市を縫合した一館です。
写真: Mack Male / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るバーミンガム図書館(イギリス)
2013年バーミンガム図書館
Library of Birmingham
金・銀・ガラスのファサードを、互いに絡み合う金属の円環の文様が覆っています。これは、バーミンガムが誇る宝飾産業と金属加工の伝統へのオマージュです。床面積では欧州最大級の公共図書館とされ、屋上には植栽テラスと、1882年の「シェイクスピア記念室」を移設・復元した金色の小部屋があります。設計したメカノーのフランシーヌ・ハウベンは「図書館は最も重要な公共建築だ」と語りました。その言葉を体現するランドマークです。
写真: Martin Pettitt / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見る第3章 自然と知を、ひとつにする
現代図書館が向かったもうひとつの方向は、自然との一体化でした。閉じた書庫から、森や光、緑に開かれた器へ。図書館は、街の中に自然を取り戻す装置にもなりつつあります。
北京城市図書館(中国)
2023年北京城市図書館
Beijing City Library
細い柱が天に向かってイチョウの葉のように開き、林冠(こずえ)のような屋根を支えます。その下に広がるのは、棚田のように段々になった床。床がそのまま座席にも書架にもなり、人々は「丘と谷」のような地形のなかで本を読みます。「世界最大級の空調管理された閲覧空間」とされるこの図書館は、まさに「森の中で読書する」体験を建築にしたもの。第1弾で紹介した同じ設計者(Snøhetta)の天津浜海図書館とは、また違った自然の表現です。
写真: E2568 / CC0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見るシンガポール国立図書館(シンガポール)
2005年シンガポール国立図書館
National Library, Singapore
熱帯の高温多湿という気候に正面から答えた「環境共生(バイオクライマティック)図書館」です。16階建ての2棟をスカイブリッジで連結し、各所に空中庭園(スカイコート)を配置。日射を遮るルーバーと、約40メートルの高さに設けられた空中庭園が風の通り道をつくり、エネルギー消費を抑えます。緑と風と光を建築に取り込んだこの高層図書館は、環境配慮型建築の先駆けとして高く評価されています。
写真: LN9267 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
Googleマップで場所を見る現代図書館が教えてくれること
13館を巡ってみると、現代図書館に共通するいくつかの志が見えてきます。
ひとつは、本棚そのものを建築にしたことです。カンザスの本の背表紙ファサード、ソウルの13メートルの大書架、広州の「美しい本」の外壁、バスコンセロスやベイネッケの見せる書架。かつて天井画が担った「知の象徴」を、現代では本の集積そのものが引き受けています。
ふたつめは、図書館が「街の広場」になったことです。デンマークのブラック・ダイヤモンド、オスロのDeichman、カルガリー、バーミンガム。これらは本を借りる場所であると同時に、人が滞在し、働き、出会う都市のリビングであり、街の象徴となるランドマークです。
みっつめは、自然や都市と一体化したことです。北京の森、シンガポールの環境共生、TU Delftの芝の屋根。閉じた書庫ではなく、緑や光、街のインフラに開かれた器へと、図書館は姿を変えました。
そして、これらすべての底に流れているのが、デジタルの時代にあえて「物理的な本の集積」を見せ続けるという選択です。情報を得るだけならスマートフォンで十分なこの時代に、なぜ人は今も巨大な書架の前に立ちたいと願うのでしょうか。本の壁がもたらす圧倒的な存在感、知に囲まれているという帰属感、そして「ここに来れば誰でも学べる」という開かれた約束——。バーミンガムを設計したハウベンの言葉どおり、図書館は今も「最も重要な公共建築」であり続けているのです。
歴史の図書館が知を天井に祀ったとすれば、現代の図書館は知を街へと開きました。世界の図書館をめぐる旅は、そのまま「人にとって知とは何か」をめぐる旅でもあるのです。
訪れる前に知っておきたいこと
- 各カードの「Googleマップで場所を見る」ボタンから、それぞれの図書館の位置を地図で確認できます。
- 多くは一般に開かれ、無料で入れる公共図書館も少なくありません。一方、大学の稀覯本図書館(ベイネッケなど)は入館・閲覧に条件がある場合があります。
- 開館日・時間・撮影ルールは施設ごとに異なります。訪問前に必ず各施設の公式サイトで最新情報をご確認ください。
よくある質問
Q. 現代の図書館建築は、昔の図書館と何が違うのですか? A. 大きく3つの変化があります。第一に、本棚そのものを建築の主役・象徴にすること(ソウルの13m大書架、カンザスシティの本の背表紙ファサードなど)。第二に、本を借りるだけでなく集い・働き・交流する「街のリビング(広場)」になったこと。第三に、緑や光、街のインフラと一体化し、都市のランドマークになったことです。荘厳な天井画で知を神格化した古典図書館とは対照的です。
Q. 世界の現代図書館で特に有名なものはどこですか? A. メキシコシティのビブリオテカ・バスコンセロス(宙吊りの書架とクジラの骨格彫刻)、米イェールのベイネッケ稀覯本図書館(光を通す半透明大理石)、コペンハーゲンの王立図書館「ブラック・ダイヤモンド」、ソウルのスターフィールド別マダン図書館、北京城市図書館(森のような柱)などが有名です。
Q. 「本のない図書館」という言葉を聞きますが、現代図書館に本はないのですか? A. 本がなくなったわけではありません。多くの現代図書館はむしろ巨大な書架を建築の見どころにしています。一方で、デジタル化により図書館の役割が「本の保管」だけでなく「人が学び集う場」へと広がったのは事実です。本の壁がもたらす圧倒的な存在感と、開かれた居場所としての機能が、現代図書館では両立しています。
Q. これらの図書館は見学できますか? A. 多くは一般に開かれており、無料で入れる公共図書館も少なくありません。ただし大学の稀覯本図書館(ベイネッケなど)や一部施設は入館・閲覧に条件がある場合があります。各カードのGoogleマップから場所を確認し、訪問前に必ず公式サイトで開館状況をご確認ください。
調査方法・写真について
本記事は、各図書館・大学・自治体・設計事務所の公開情報、建築メディア、Wikipedia 等の公表資料を参照し、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。完成年・蔵書数・寸法などの数字は、資料・時点・数え方によって幅がある場合があるため、本文では「およそ」「約」といった表現で扱っています。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。地図リンクは Google マップの検索結果を開くもので、表示される位置は目安です。最新の開館状況・入館条件は各施設の公式サイトでご確認ください。
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