建築の話をするとき、私たちはどうしても「巨匠」の名前ばかりを呼んでしまう。隈研吾、伊東豊雄、安藤忠雄。彼らの作品は確かに圧倒的だが、しかし日本の公共建築の地平を静かに、しかし決定的に押し広げたのは、必ずしも一握りのスターだけではない。

この特集では、もうひとつ知ってほしい2つの設計事務所を取り上げる。仙田満(環境デザイン研究所)と、シーラカンスK&H。前者は「こどもにとってのデザイン」を50年以上にわたって追求し続け、後者は1980年代から学校建築に革新を持ち込み、やがて図書館建築でも世界的な評価を得た。両者は競合する関係ではないが、「個人の才能ではなく、研究と理論からデザインを立ち上げる」という設計姿勢に、不思議な共通点がある。彼らの仕事を写真とともに巡っていこう。

序章 — 「型」をつくる建築家

建築家には、ふたつのタイプがあると、ある建築評論家が書いていた。ひとつは、ひとつひとつの建物を「作品」として完成させる作家タイプ。もうひとつは、研究と理論から「建物の型」をつくり出し、その型を社会へ広めていくタイプ。前者がスターになりやすいが、公共空間の質を底上げするのは後者である、と。

仙田満とシーラカンスK&Hは、まさに後者だ。仙田は「こどもがどう遊ぶか」を50年にわたって研究し、その成果を「遊環構造」というデザイン理論にまとめあげた。シーラカンスK&Hは、それまで「規格化された箱」だった学校建築に、「教室を超えた広がり」をもたらした。彼らの仕事は、ひとつの建物の話を超えて、日本中の図書館・学校・こども施設の設計に静かに浸透している。

第I部 仙田満 — こどもと環境のデザイン

プロフィール — 横浜から、こどもの遊び場へ

仙田満は1941年、神奈川県横浜市の生まれ。1964年に東京工業大学理工学部建築学科を卒業し、菊竹清訓建築設計事務所で実務を学んだのち、1968年に環境デザイン研究所を設立した。

仙田の最大の関心は、一貫して「こども」だった。1978年、彼は「こどものあそび環境のデザイン」というテーマで毎日デザイン賞を受賞している。建築家がデザインするのは建物だけではない、こどもがどう遊ぶか、どう育つかという環境そのものなのだ——そういう信念が、彼のキャリアのすべての作品を貫いている。

2001年から2003年まで日本建築学会会長を務め、東京工業大学名誉教授でもある。

キーコンセプト — 「遊環構造」とは何か

仙田の理論を一言で表す言葉が「遊環構造(ゆうかんこうぞう)」だ。彼はこどもの遊び行動を観察し、こどもが楽しく長く遊び続ける場所には共通の構造があることを発見した。それは「複数の道(巡回できる動線)と、広場(溜まり場)が組み合わさっている」という構造だ。

ぐるりと巡れる回廊、その途中に開ける広場、また道に戻り次の広場へ——この「巡って、溜まる」の繰り返しが、人を自然と滞在させる。一見こどもの遊び場の理論に見えるが、これはあらゆる年代の「居たくなる場所」の原理でもあった。後に紹介する石川県立図書館の円形ブックコロシアムも、この遊環構造の発想で読み解ける。

代表作1:栃木県子ども総合科学館 — こどもの環境デザインの実装

栃木県子ども総合科学館。仙田の「遊環構造」を体現する、こどものための公共空間。
栃木県子ども総合科学館。仙田の「遊環構造」を体現する、こどものための公共空間。 写真: Rsa / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

仙田の理論が具体化された早い時期の代表作のひとつが、栃木県子ども総合科学館だ。ガラスのスロープと半球状のプラネタリウムを組み合わせた構成は、子どもが「巡って、溜まる」を自然に体験できるよう設計されている。本展示・実験・自由遊び——館内に複数の性格の異なる空間を散らし、こどもが自分の興味に従って動き回れるようにする。仙田の作品はこのあとも、新潟県立こども自然王国、東京都・葛西臨海公園、新・広島市民球場(日本建築家協会賞)など多岐にわたっていく。

代表作2:国際教養大学 中嶋記念図書館 — 「半円劇場」の図書館

国際教養大学 中嶋記念図書館。半円形に広がる木造の本棚段壇。仙田・村野藤吾賞受賞作。
国際教養大学 中嶋記念図書館。半円形に広がる木造の本棚段壇。仙田・村野藤吾賞受賞作。 写真: Mariwlqs / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

仙田の図書館建築の傑作として知られるのが、秋田の国際教養大学 中嶋記念図書館。半円劇場のように本棚が段々と並び、傘のような木造の天井がその空間を覆う。この館で仙田は村野藤吾賞を受賞している。

ここに既に、後の石川県立図書館へとつながる「中心に集まる空間」「劇場的な書架配置」というモチーフが現れていることに気付くだろう。秋田の山あいの大学に建つこの小さな図書館は、仙田の図書館建築の方法論を実証した重要なプロトタイプだった。

代表作3:石川県立図書館(百万石ビブリオバウム) — 集大成

石川県立図書館(百万石ビブリオバウム)(石川県金沢市)の建築・空間の写真仙田満・2022年
石川県立図書館(百万石ビブリオバウム)石川県金沢市 施設ページ

そして2022年、仙田の図書館建築の集大成として開館したのが石川県立図書館、愛称「百万石ビブリオバウム」。

ブックコロシアム。4層吹き抜けの中央空間で、本棚が円形に段々と並ぶ。
ブックコロシアム。4層吹き抜けの中央空間で、本棚が円形に段々と並ぶ。 写真: Miisan1112 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

中央の大空間「ブックコロシアム」は4層吹き抜け。中嶋記念図書館で実証した「半円劇場」を、完全な円形へと拡張した。開架蔵書約30万冊、座席約500席を一つの円形空間で受け止め、どこに立っても360度を本に囲まれる眺めをつくる。2022年度グッドデザイン賞受賞。

ブックコロシアムを縁取る、テーマ別の書棚。レイアウトそのものが遊環構造を体現する。
ブックコロシアムを縁取る、テーマ別の書棚。レイアウトそのものが遊環構造を体現する。 写真: Miisan1112 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

ブックコロシアムを取り囲むテーマ別の書棚は、まさに仙田が研究してきた「巡回できる動線」を立体化したもの。利用者は中央の劇場的空間と、周縁の細かい書棚エリアを行き来する——この「巡って、溜まる」のリズムこそ、半世紀にわたるこども環境研究から立ち上がった仙田のデザイン理論である。彼にとって図書館とは、「大人のための遊環構造」だったのかもしれない。

第II部 シーラカンスK&H — 学校建築から、海みらいへ

プロフィール — 「コラボレーション」を旗印に

シーラカンスK&Hの中核を担うのは、工藤和美と堀場弘の二人。前身の「シーラカンス」は1986年に設立された、複数の建築家が対等にコラボレーションする形態の設計事務所として知られる。日本ではこの「チーム設計」というアプローチが珍しく、当初は奇異の目で見られたが、やがて公共建築の現場で大きな成果を上げていく。

「コラボレーション」と言われても、それを単なる役割分担と思ってはいけない。シーラカンスでは、ひとつのプロジェクトについて複数の建築家が並列にアイデアを出し、議論を重ね、合意形成しながら設計を進める。属人化を排し、知見をチームに蓄積するこの方法は、図書館や学校など「使う人の声」を反映すべき公共建築に、特に向いていた。

革新の起点:千葉市立打瀬小学校 — 「教室を超えた学校」

千葉市立打瀬小学校。シーラカンスが手がけた、「教室を超えた学校」の代表作のひとつ。
千葉市立打瀬小学校。シーラカンスが手がけた、「教室を超えた学校」の代表作のひとつ。 写真: Wiiii / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

シーラカンスK&Hの名を一躍知らしめたのが、1990年代の学校建築シリーズだった。代表作のひとつが千葉市立打瀬小学校。彼らは「教室を箱として並べる」というそれまでの学校建築の常識を疑い、廊下を共有スペースに変え、教室の壁を可動・透明にし、学校全体を「学びの広場」として再構想した。

これは仙田の遊環構造とどこか共鳴している。固定的な空間配置を解体し、人が動き回り集まり交流する場所——シーラカンスがこの時期に学校建築で磨き上げた知見が、のちの図書館設計に直結することになる。

中継点:公立はこだて未来大学 — 透明性の実験

公立はこだて未来大学。ガラスのファサードが「学習の見える化」を体現する。
公立はこだて未来大学。ガラスのファサードが「学習の見える化」を体現する。 写真: 掬茶 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

2000年に開校した公立はこだて未来大学は、シーラカンスK&Hが手がけた大学キャンパスの代表作。函館の丘に建つこの建物は、巨大なガラスのファサードで覆われ、学習や研究の様子が外からも見える「透明性」を建築的に体現した。仕切られた教室で学ぶのではなく、開放されたスタジオで他者と関わりながら学ぶ——情報系を主とする大学のコンセプトを、建築が直接表現した一作だ。

ガラス越しの開放感、内と外を視覚的につなぐ大空間。10年後の金沢海みらい図書館で再び立ち上がる「光と気積」のテーマが、ここでも実験されていた。

集大成:金沢海みらい図書館 — 世界が認めた「本のための気積」

金沢海みらい図書館(石川県金沢市)の建築・空間の写真シーラカンスK&H・2011年
金沢海みらい図書館石川県金沢市 施設ページ
金沢海みらい図書館の外観。約6,000個の円窓を散らした「パンチングウォール」。
金沢海みらい図書館の外観。約6,000個の円窓を散らした「パンチングウォール」。 写真: Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

学校建築・大学キャンパスで蓄積した知見が、図書館建築の傑作として結実したのが2011年の金沢海みらい図書館。約45m四方・高さ約12mのワンルーム空間に、大中小3種類の円窓を約6,000個ランダムに散らした「パンチングウォール」が、直射日光を避けつつ柔らかな白い光を館内に降らせる。

1Fホールから外を見る。壁面に並ぶ円窓と、光を反射する床。
1Fホールから外を見る。壁面に並ぶ円窓と、光を反射する床。 写真: Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

設計者の堀場弘は「空気のボリュームと質感」を重視したと語っている。本そのもの・本棚・机ではなく、それらを包む大きな気積こそが図書館の本質——という設計思想だ。コンセプト面では16世紀のフランス国立図書館(BnF)リシュリュー館も参照しつつ、それを現代日本のミニマルな表現で実現した。Dezeen など海外の建築メディアで広く取り上げられ、「世界で最も美しい図書館の一つ」とも評された。

学校建築で磨いた「教室を超える共有空間」の発想と、はこだて未来大学で実験した「透明性と開放感」の追求——これらがすべて図書館の建築言語に翻訳された結果が、海みらいだった。

第III部 — ふたりの建築家の「型」が残したもの

仙田満とシーラカンスK&Hは、まったく異なる経歴・スタイルの設計事務所だが、いくつかの重要な点で響き合っている。最後に、その共通点と相違点を整理しておきたい。

共通点1:研究と理論からデザインを立ち上げる

仙田は「こどもの遊び環境の観察」から遊環構造を導いた。シーラカンスK&Hは「学校空間における学びの行動」を観察し、教室の固定性を解体した。両者ともに、個人の感性や前衛性ではなく、フィールド研究を出発点にしてデザインを構築する姿勢を共有している。建築は、誰のために、何を解決するためのものか——という問いを、彼らは常に自分たちに突きつけてきた。

共通点2:「巡って、溜まる」場の作り方

仙田の遊環構造(道と広場)と、シーラカンスの「教室を超えた学校」「気積としての図書館」は、表現は違えど同じ場の論理を扱っている。画一的な仕切りではなく、人が自由に動き回り、好きな場所に滞在できる空間——これは公共建築に求められる本質的な機能であり、両者ともそれを高い完成度で実装してきた。

相違点:素材と形態のアプローチ

一方で、表現面では対照的だ。仙田は木造の温かさと、明確な幾何学(円・劇場・半球)を好む。シーラカンスはガラスと白い壁、ミニマルな抽象表現を好む。同じ「気積」を扱っても、仙田は素材で包み込み、シーラカンスは光で満たす。並べて見比べると、現代日本の公共建築の語彙の幅広さが見えてくる。

「巨匠ではない」ことの意味

最後に、もう一度。彼らは、メディアで「巨匠」として消費される建築家ではない。展覧会の前で人だかりができるタイプではないかもしれない。しかし、研究と理論に裏付けられた彼らの設計手法は、若い建築家たちにとって参照点であり続けている。スターの作品としてではなく、社会の財産としての公共建築を作り続ける——その姿勢が、彼らの最も大きな贈り物なのかもしれない。

訪れ方のヒント

  • 石川県立図書館(百万石ビブリオバウム):金沢市郊外、旧・金沢大学工学部跡地。バスでアクセス。建築見学だけでも一日楽しめる。
  • 金沢海みらい図書館:金沢駅から路線バス。市街地中心部からはやや離れるが、訪れる価値は十分。
  • 国際教養大学 中嶋記念図書館:秋田県・秋田駅からバス。大学図書館だが一般公開もあり、開館時間・利用条件は公式サイトで確認。
  • 栃木県子ども総合科学館:JR宇都宮駅からバス。家族向けの有料施設。
  • 公立はこだて未来大学:函館市街地から車で約15分。学校施設のため、見学は事前確認推奨。
  • 千葉市立打瀬小学校:教育施設のため外観のみの見学が基本。学区の幕張ベイタウンとあわせて散策も。

よくある質問

Q. 仙田満(せんだ みつる)とはどんな建築家ですか? A. 1941年神奈川県横浜市生まれ。1968年に環境デザイン研究所を設立し、こどもの遊び環境の研究から「遊環構造」というデザイン理論を提唱しました。日本建築学会会長(2001〜2003年)も務め、新広島市民球場、国際教養大学中嶋記念図書館、石川県立図書館など、公共建築の代表作を多く手がけています。

Q. シーラカンスK&Hとはどんな設計事務所ですか? A. 工藤和美と堀場弘が中核を担う建築設計事務所。前身の「シーラカンス」は1986年設立で、複数の建築家が対等にコラボレーションして設計する形態で知られます。学校建築(千葉市立打瀬小学校、公立はこだて未来大学など)に革新を起こし、図書館では金沢海みらい図書館(2011年)で世界的な評価を得ました。

Q. 「遊環構造」とは何ですか? A. 仙田満が、こどもの遊び行動の研究をもとに提唱したデザイン理論です。空間に複数の「巡回できる動線」と「広場(溜まり場)」を組み合わせることで、人が自然に滞在し交流したくなる場所が生まれるという考え方で、こども施設だけでなく石川県立図書館の円形ブックコロシアムなど、彼の公共建築に通底しています。

Q. 紹介された建物は見学・利用できますか? A. 図書館(石川県立図書館・国際教養大学中嶋記念図書館・金沢海みらい図書館)は基本的に入館・閲覧が無料で誰でも訪問できます(大学図書館の一般利用ルールは要確認)。栃木県子ども総合科学館は有料の博物館施設。学校建築(千葉市立打瀬小学校など)は教育施設のため、外観の見学のみが基本です。来館前に各施設の公式サイトでご確認ください。

調査方法・写真について

本記事は、各建築家・設計事務所・施設の公開情報、建築賞・受賞歴・建築誌の公表資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。設計者・竣工年・受賞などの事実は公的資料で確認しました。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。

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