新しい図書館の話ばかりが盛り上がっている時代に、もう一つの図書館の歴史も書いておきたい。明治・大正・昭和の名建築として今も現役で開いている図書館たちのことだ。

ガラスと木格子で覆われた現代の図書館を巡り終えたあとで、たとえば大阪・中之島に建つ重厚な石造ファサードを見上げると、現代建築では到底真似できない「時代の重さ」を感じる。あるいは京都・岡崎の小さな旧館に入ると、明治の終わりに「東洋一の図書館をつくろう」と志した人々の熱量が、壁の装飾の細部にまで残されている。

この特集では、日本の図書館建築の系譜を明治・大正・昭和の名建築をたどりながら6館巡る。現代の図書館特集とぜひ並べて読んでほしい。100年を超える時間の流れの中で、図書館建築は何を変え、何を残してきたのか。

序章 — 「なぜ図書館は石造で始まったのか」

日本の近代図書館建築は、明治後期に始まる。当時のお手本は、ヨーロッパとアメリカの大図書館だった。ボストン公共図書館、シカゴのニューベリー図書館、フランス国立図書館。日本の建築家たちは、これらの「西洋の知の殿堂」を見聞して帰り、石造のドームと列柱で「日本の図書館はこうあるべきだ」というビジョンを描いた。

それは単なる西洋模倣ではない。当時の日本人にとって、図書館とは「国を支える知のインフラ」だった。それを格式ある建築でかたちにすることは、公共図書館を社会に定着させるための、いわば建築による宣言だった。中之島で始まり、京都・上野・横浜・神戸へと続いていった図書館建築群を見ると、その時代の意志が伝わってくる。

戦後になると、流れは変わる。1950年代、前川國男はル・コルビュジエに学んだモダニズムを日本に持ち込み、神奈川県立図書館(1954年)で打ち放しコンクリートとホローブリックという新しい語彙を提示した。明治の石造から、戦後のコンクリートへ——図書館建築は、それぞれの時代の建築思想を映す鏡だった。

大阪府立中之島図書館(1904年) — 明治の名建築の源流

大阪府立中之島図書館(大阪府大阪市)の建築・空間の写真野口孫市・日高胖・1904年
大阪府立中之島図書館大阪府大阪市 施設ページ
大阪府立中之島図書館。コリント式の列柱と中央のドームを戴く、明治期の西洋古典様式建築の代表例。
大阪府立中之島図書館。コリント式の列柱と中央のドームを戴く、明治期の西洋古典様式建築の代表例。 写真: 掬茶 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

大阪・中之島の水辺、堂島川と土佐堀川に挟まれた中州の一角に建つ重厚な石造建築。明治37年(1904年)竣工の大阪府立中之島図書館は、現在も現役の図書館として運営されている、国の重要文化財だ。

寄贈という出自

中之島の物語は、住友家第15代当主・住友友純による寄贈から始まる。住友家は明治の関西を代表する財閥で、図書館建築と図書購入費を大阪府に寄贈した。設計を担ったのは、住友家の建築顧問だった野口孫市と、日高胖。両者の共同設計として完成したのが、この建物だ。

ヨーロッパの宮殿のような正面

コリント式の列柱、三角形のペディメント(破風)、中央に戴く銅葺きのドーム——重厚な石造の正面は、まさにヨーロッパの宮殿のよう。外観はルネサンス様式、内部装飾にはバロック様式の要素が取り入れられた、明治期の西洋古典様式建築の代表例だ。当時の日本の公共建築が西洋古典様式から多くを学んでいたことを物語っている。

1922年には、現在も使われている左右両翼の増築が加わり、現在の三館一体の構成になった。本館・両翼ともに、設計当初の意匠が概ね保たれている。

今も現役の「本の宮殿」

驚くべきことに、中之島図書館は重要文化財でありながら、今も普通の図書館として開いている。歴史展示室はもちろん、書架もある。古い建築のなかで本を読むという、現代の新築図書館とはまったく違う体験ができる場所だ。ガラスとコンクリートの現代建築に少し疲れた人にこそ、訪れてほしい一館である。

京都府立図書館(1909年) — 大正建築の先駆け、武田五一

京都府立図書館の旧館。武田五一設計(1909年)。背後に現代の新館がガラスで覆う。
京都府立図書館の旧館。武田五一設計(1909年)。背後に現代の新館がガラスで覆う。 写真: Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

京都・岡崎、平安神宮の参道沿いに小さな名建築が建つ。京都府立図書館の旧館だ。明治42年(1909年)、京都帝国大学(現・京都大学)の初代建築学科教授であった武田五一が設計した。

「日本のセセッション」を体現する建築

武田五一は、ヨーロッパ留学で当時最先端だったウィーン分離派(セセッション)の建築思想に触れ、日本にいち早く紹介した建築家として知られる。京都府立図書館は、その武田が日本に持ち込んだ新しい意匠を体現する代表作のひとつだ。

正面の柱は、ヨーロッパ古典様式の重厚さとは違う、もっとシンプルで装飾を抑えた表現。アーチ窓と幾何学的なディテールが、20世紀初頭の「新しさ」を感じさせる。中之島が古典様式の重厚さなら、京都府立はもう少し時代を進めた、大正期のアール・デコの先駆けといえる雰囲気を持っている。

「現代との対話」としての新館

注目してほしいのが、写真の旧館の背後に見えるガラスの新館だ。京都府立図書館は2001年に大改修され、武田の旧館は外観・主要部分を保存しつつ、後ろにガラスの新館を建てる構成になっている。歴史建築の意匠を残しながら現役として使い続けるための、見事なリノベーション設計だ。

明治の終わりに建てられた建物を、21世紀の図書館機能で蘇らせる——これは現代の文化財建築リノベーションのモデルケースのひとつとして、しばしば建築論で言及される。

東洋文庫(1924年創設) — 専門図書館という別の系譜

東洋文庫ミュージアム(2011年開館)の外観。1924年創設の専門図書館の、現代の顔。
東洋文庫ミュージアム(2011年開館)の外観。1924年創設の専門図書館の、現代の顔。 写真: Dzz77 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

ここで少し趣を変えて、専門図書館の系譜にも触れておきたい。東京・駒込にある「東洋文庫」は、大正13年(1924年)に三菱第3代社長・岩崎久弥が創設した、東洋学の専門研究図書館だ。

岩崎家のコレクションが核

東洋文庫の核は、明治末から大正にかけて岩崎久弥が買い集めた、東アジア・南アジアの古典籍コレクションである。書籍数は約100万冊。国宝5件・重要文化財7件を含む、世界的にも有数の東洋学コレクションを擁する。

2011年・ミュージアム棟の開館

長く研究者向けの専門施設だった東洋文庫は、2011年にミュージアム棟を新築。一般公開を始めた。写真の白く重厚な現代建築がそれだ。「モリソン書庫」と呼ばれる、天井までびっしりと洋書を並べた書架の景観は、SNSでも話題になる東洋文庫の見せ場のひとつ。

「歴史建築の図書館」のもうひとつのかたち

中之島や京都府立が「建物そのものが歴史」であるのに対し、東洋文庫は「コレクションが歴史」だ。建築自体は2011年だが、その中身は100年かけて集められた東洋学の宝庫。図書館の歴史を考えるとき、建物だけでなく、こうした蔵書の蓄積も含めて見るべきだろう。

神奈川県立図書館「前川國男館」(1954年) — 戦後モダニズムの金字塔

明治・大正の石造から半世紀、図書館建築は大きく変わる。1954年(昭和29年)に開館した神奈川県立図書館は、戦後日本の図書館建築の出発点となった。設計者は、ル・コルビュジエに学んだ前川國男。

「打ち放しコンクリート」と「ホローブリック」

前川は、戦前のヨーロッパ留学でコルビュジエの事務所に勤め、モダニズム建築を直接学んだ建築家だ。日本に戻り、戦後の公共建築で次々と新しい語彙を提示する。神奈川県立図書館では打ち放しコンクリート(型枠の跡を残した素地のコンクリート)と、ホローブリック(穴の開いた煉瓦ブロック)を使い、それまでの公共建築にない表情を生み出した。

ホローブリックは、装飾としてだけでなく、機能的にも光と風を通す要素として働く。後の伊東豊雄や金沢海みらい図書館のパンチングウォールが、半世紀のちにこの発想を受け継いでいくと考えると、戦後モダニズムから現代へとつながる図書館建築の系譜が見えてくる。

2021年・重要文化財指定と「前川國男館」への改称

前川國男の旧本館は、2021年8月に神奈川県の重要文化財に指定された。2022年、新本館(後述)のオープンに合わせて旧本館は「前川國男館」と改称され、保存・活用される予定となっている。戦後モダニズムの傑作として、建築界からは高く評価され続けてきた建物が、ようやく公式に「守るべき建築」として認められた。

写真:継承された新本館(2022年)

神奈川県立図書館(神奈川県横浜市)の建築・空間の写真前川國男(旧本館・1954)/石井秀明(新本館・2022)・1954/2022年
神奈川県立図書館神奈川県横浜市 施設ページ
2022年9月開館の新本館。前川國男のホローブリックを、木の格子パネルで現代に翻訳した。
2022年9月開館の新本館。前川國男のホローブリックを、木の格子パネルで現代に翻訳した。 写真: Suicasmo / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

写真は、2022年9月に開館した新本館(設計:石井秀明)。設計者は前川國男のホローブリックの効果を、木の格子パネルで現代に翻訳したと語っている。明治の石造、戦後のコンクリート、そして2020年代の木の格子——70年を経て、同じ場所で建築の語彙が変奏されていく様は、図書館建築の歴史そのもののようでもある。

横浜市中央図書館(1994年) — 前川派の継承

横浜市中央図書館(神奈川県横浜市)の建築・空間の写真前川建築設計事務所+ミド同人 永田包昭・1994年
横浜市中央図書館神奈川県横浜市 施設ページ
横浜市中央図書館のエントランス階段。前川建築設計事務所の系譜を引く設計。
横浜市中央図書館のエントランス階段。前川建築設計事務所の系譜を引く設計。 写真: Yoh-Plus / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons

神奈川県立図書館(前川國男館)から徒歩圏、野毛山公園に隣接して建つのが、横浜市中央図書館(1994年)。前川國男の死後も活動を続けた前川建築設計事務所と、ミド同人の永田包昭の共同設計による建物だ。

「南北に細い土地」を六角形で活かす

中央図書館の敷地は、南北に細く折れ曲がった変則的なかたち。設計チームはこれを効率的に使うため、60度の柱割を採用し、結果として外観全体が六角形を組み合わせた特徴的なシルエットになった。土地の制約を、建築の意匠に転化した手腕が光る一作だ。

前川派が伝えた「素材と量塊の建築」

前川國男から続く、コンクリートと素朴な仕上げの建築言語は、横浜市中央図書館にも受け継がれている。エントランスの大階段と高い天井、太い柱が作る量塊感は、ガラスとミニマルな線で構成された21世紀の図書館建築とはまったく違う、戦後モダニズム後期の余韻を残している。

戦後の前川國男から、半世紀後の弟子筋まで——図書館建築には、こうして「設計事務所の連なり」としての歴史もある。神奈川県立図書館の前川國男館とセットで訪れると、その系譜が立体的に見えてくる。

坂出市立大橋記念図書館(1979年) — 公共図書館建築のささやかな名作

坂出市立大橋記念図書館の外観。寄贈者の名を冠した、地方都市の公共図書館の一例。
坂出市立大橋記念図書館の外観。寄贈者の名を冠した、地方都市の公共図書館の一例。 写真: Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

最後に、地方都市の小さな図書館も紹介したい。香川県坂出市にある坂出市立大橋記念図書館は、1979年(昭和54年)11月に開館した。設計は地域設計研究所。「大橋記念」の名は、1977年に坂出市へ塩田跡地と建設費を寄贈した大橋正行夫妻にちなむもので、瀬戸大橋とは別の由来である。1986年には館内に大橋正行の胸像も建てられている。

「自治体ごとの図書館」が建てられた時代

1970〜80年代の日本は、地方自治体が一つひとつ独自の公共図書館を建てていった時代だ。大都市の旗艦館だけでなく、こうした小さな市立図書館にも、当時の建築家たちが知恵を絞っていた。中之島や前川國男のような「巨匠の名建築」ではないが、公共図書館建築のごく標準的な、しかし丁寧な実例として、坂出大橋記念図書館は記憶されてよい。

歴史建築としての公共図書館

坂出大橋のような図書館は、日本全国に無数にある。1970〜80年代に建てられた地方の公共図書館の多くは、いま老朽化と建て替えのタイミングを迎えている。蔦屋書店が運営する駅前複合施設に置き換えられていく館もあれば、ひっそりと建物を更新して住民に使い続けられる館もある。

派手な話題にはならないが、こうした「日常の図書館建築」が、日本中の街角で本と人をつなぎ続けてきたこと——それも、歴史の一部だ。

補論 — 図書館建築の100年を、3つの視点で読む

6館を巡ったあとで、もう少し図書館建築の歴史を整理しておきたい。

視点1:素材で見る図書館の100年

明治末・大正初期は石とレンガの時代だった(中之島・京都府立)。戦後はコンクリート(前川國男)、その後コンクリート+ガラス(前川派の継承、横浜市中央)。21世紀に入ると木と光が再び主役になる(金沢海みらい、ぎふメディアコスモス、雲の上の図書館)。

おもしろいのは、最古の石造図書館も、最新の木造図書館も、光を取り入れる工夫という点では同じテーマを扱っていることだ。中之島のドーム下の採光と、ぎふメディアコスモスのグローブと、技術や材料は違えど、目指している空気の質は驚くほど共通している。

視点2:図書館は誰のために建てられたか

中之島は住友家が、東洋文庫は岩崎久弥が、戦前の図書館は財閥や篤志家の寄贈で建てられた館も多い。戦後は税金で建てる公共図書館が標準になり、現代になると指定管理者制度で民間企業が運営する館も増えた。誰がお金を出し、誰が運営するか——それは時代の社会構造そのものを映している。

視点3:歴史建築と新築のあいだ

京都府立図書館の、武田の旧館の背後に立つガラスの新館。神奈川県立図書館の、前川國男館と隣接する2022年の新本館。これらは「歴史建築をどう活かしつつ、現代の機能をどう実装するか」という、図書館建築の永遠のテーマへの一つの回答だ。

ヨーロッパでは古い建物を改修して使い続けるのが当たり前だが、日本ではしばしば「建て替え」が選ばれてきた。中之島・京都府立・前川國男館が今も残り続けていることは、その意味で例外的な幸運だ。これらの建築を保存し活用することは、図書館の歴史を未来につなぐ営みでもある。

6館をめぐる、訪れ方のヒント

  • 大阪府立中之島図書館:大阪・中之島、京阪なにわ橋駅すぐ。中央公会堂と並んで中之島の景観を作っている。
  • 京都府立図書館:京都市左京区岡崎、平安神宮や京都市美術館と同じ岡崎エリア。建築見学とセットで楽しめる。
  • 東洋文庫ミュージアム:JR駒込駅・東京メトロ千石駅から徒歩。ミュージアムは有料、要時間。
  • 神奈川県立図書館(前川國男館・新本館):JR桜木町駅から徒歩。前川國男館は保存活用中。新本館は2022年9月開館。
  • 横浜市中央図書館:京急日ノ出町駅・JR桜木町駅から徒歩。野毛山公園とあわせて散策可。
  • 坂出市立大橋記念図書館:JR坂出駅すぐ。瀬戸大橋見学とセットで訪れる人も多い。

いずれも基本的に入館・閲覧は無料。撮影ルール・開館時間は各館の公式サイトで確認を。

よくある質問

Q. 歴史的に重要な日本の図書館建築はどこですか? A. 代表例として、大阪府立中之島図書館(1904年・野口孫市と日高胖、国の重要文化財)、京都府立図書館(1909年・武田五一の旧館)、神奈川県立図書館「前川國男館」(1954年・前川國男、神奈川県重要文化財)、東洋文庫(1924年創設・1980年代から東洋学の専門図書館として知られる)などがあります。いずれも今も現役の図書館や文化施設として活用されています。

Q. 歴史建築の図書館は、今も使えますか? A. ほとんどが現役で運営されており、本の貸出や閲覧、見学が可能です。重要文化財に指定された建物は内部の改装が難しい場合もありますが、安全な利用環境を保ちながら一般に公開されています。詳しい利用方法や開館時間は、各図書館の公式サイトでご確認ください。

Q. なぜ歴史建築の図書館を訪れる価値があるのですか? A. 現代建築の図書館と比べると、空間設計の発想・建材・装飾がまるで違います。中之島図書館の西洋古典様式、京都府立図書館のセセッション様式、前川國男の打ち放しコンクリートとホローブリック——それぞれが時代の建築思想を体現する貴重な実例で、建築見学だけでも訪れる価値があります。同時代の建築としてそこにあり続けることが、文化の連続性そのものです。

Q. 重要文化財の図書館で撮影はできますか? A. 建物外観の撮影はほぼ自由ですが、館内撮影には申請や条件が必要なことが多いです。他の利用者・展示品を写さない、フラッシュを使わない、商用利用は別途許可、などの条件が一般的。来館前に各館の公式サイトで撮影ルールを確認してください。

調査方法・写真について

本記事は、各館・各建築家・国/県の文化財指定情報など公開資料をもとに、編集部が2026年6月時点で確認して構成しています。設計者・竣工年・重要文化財指定などの事実は公的資料で確認しました。掲載写真は Wikimedia Commons で公開されている画像(各写真にクレジットを明記)を利用しています。最新の開館状況・撮影可否は各施設の公式サイトでご確認ください。

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